■ 平薬(ヒラクス)

平薬(ヒラクス)とは、平たい薬玉付き飾りの略で、直径一尺ほどの籐の輪の上部に付いた赤い玉が薬玉であり、それによって邪気を祓うとするのが本来の目的なのです。しかし、何と言っても室内装飾の役割が強いため、同じ物を長く飾っておくと色褪せもするし、埃の問題もありますから、いつの頃からか、十二ヶ月毎月違う物を誂えて 飾るという方法に変わったようです。そこで重宝したのが藤原定家が十二ヶ月の花と鳥を詠んだ和歌でした。そこで詠まれた題材を平薬に置き換えたのです。そうした利用は、数々の屏風絵や琳派の陶芸にも見られるのですが、そんな図案がどれほどあったのか、又、それがどれほど商売として成り立ったのかは分かりません。丸の中に花など入れた図案は和服の文様にも 多く“花の丸”と称したりしますが、平薬でありながら薬玉を省いて作ったものもあり、それも含めて平薬と呼んでいます。

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■ 四季の平薬

四季を通じて飾れる平薬として、輪の中に四季の花全て(春-藤・山吹・桜・菖蒲・牡丹・ツツジ,夏-撫子,秋-薄・紅葉,冬-紅梅白梅)を構成してみました。そのため、通年の室内装飾としてお使い頂けます。 下花は紅白の椿。中央にある大きな赤い玉が薬玉で、中に入れた香によって邪気を祓うというのが本来の目的です。尚、有職造花の技術のほとんどが、これ一つに見られるものにもなっています。

『四季の平薬図』(直径33cm)『四季の平薬図』(直径33cm)
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 早春の平薬

紅梅白梅(一対)『初春』
(直径30cm,五色糸仕立てで、全長130cm)

初春
縁起物である若松、紅白南天、藪柑子(ヤブコウジ)を使って、正月に飾れる平薬を作ってみたのです。
決して成功したとは申せませんが、五色糸仕立てにすると、華やかな色彩が加わることで、一気に寿ぎの様相が強まります。
スガ糸を染めて作る若松は、その下拵えが非常に厄介で制作には積極的になれないものの、出来上がりの清々しさは格別のものがある有職造花です。
一度はこの松での立木を作ってみたいのですが、有職造花の立木というのはあまりにも保管に嵩張るので、どうしても二の足を踏まざるを得ません。

蝋梅『蝋梅』(直径30cm)

蝋梅
一度蝋梅に挑戦してみたかったのですが、木彫り彩色の鳥と有職造花のコラボでそれが叶いました。
ウソという鳥とで、春先の平薬を作ってみたのです。
蝋梅は、あたかも蝋を塗ったような質感の花びらですから、裏打ちをせずに糊とドウサを引くだけにしてあります。
ウソという鳥は、喉元の赤や体の薄藍色の組合せが何とも可愛らしい鳥ですが、そのポーズも色合いも、上村松篁さんの絵から拝借しました。

白梅に鶯『白梅に鶯』
(直径30cm,五色糸仕立てで、全長130cm)

白梅に鶯
平薬の場合、左右の重さを揃えないと輪が傾いてしまうため、片側にモチーフを寄せた洒落た構図ほど、重心が偏ってしまっていけません。
自然木を使う時ほどそれは顕著で、そうした制約を感じさせずに月並みに陥らない構図を目指さなくてはなりませんからなかなか厄介なのですが、だからこそ面白いということにもなるでしょう。
鶯は木彫り彩色。
二色の梅が満開に咲く中、一羽の鶯が花をついばむ様ですが、梅は自然に咲くままを造花に写しても様にならないもので、自然と作り事の融合が必要です。

日陰の雪『日陰の雪』
(直径30cm,五色糸仕立てで、全長130cm)

日陰の雪
三色の椿が咲いた上に、遅い雪が降り積もったものの、現れた陽射しに日陰になった部分だけ雪が残った光景です。
雪は膠液を塗った上から、荒い岩胡粉を何度も振りかけ固まらせて作りますが、向かって右斜めから見ると雪の白が際だち、色の対比が映えます。
このような一重の椿は、花芯をずんぐり作って埋もれさせるのがコツでしょうか。
厳密に言えば、こうした季節は早春というべきなのでしょうけれど、冬の花材に困っての苦肉の策です。

初菫『初菫』(直径30cm)

初菫
制作には、実物のある時が最も相応しく、その季節の有職造花を作るというのが理にも叶う事でしょう。
私も季節に突き動かされて制作に至るという事が多く、枯野の身近な今の内に、もう一つごくごく浅い春の兆しの平薬を作りたいと思いました。
枯れて乾燥しきったススキは、丸まった穂が造形的にとても面白いのです。
枯野の片隅、突き刺さった杭の足下に健気に春を告げているオオイヌノフグリながら、そこに止まったホオジロはススキの根本に小さく咲いた菫(スミレ)を見つけ出したという設定です。

凍日

凍日

辛夷(こぶし)
『辛夷(こぶし)』

辛夷(こぶし)
未だ春浅く殺風景な山野に、突然ほのかに薄黄色の花を咲かせる辛夷ですが、決して枯山に鮮やかな程でなかろうと、確実に春の訪れを知らせてくれる待ち遠しい花なのです。
そんな花の中に、深い青色の羽色で長い尾に白のアクセントを見せるヤマムスメという野鳥を組み合わせたら、きっと相乗効果を生み出す平薬が出来るだろうと作り始めたのでした。
辛夷の見映えに重要な雄蕊は、1㎜にも満たない太さに切った木片を5㎜程に切って、萼の土台に植え付けてから彩色してあります。この方法は、有職造花としての様式化に繋がる仕上がりになりました。
辛夷の葉が出るのは花も終わる頃のようですから、やがて現れる若葉を象徴する意図と色彩配分から、直径30cmの籐の環に若葉の色に染めた絹を巻いたのです。

辛夷(こぶし)

『松と椿の平薬図』(直径30cm)『松に椿の平薬図』
(直径30cm,五色糸仕立てで、全長130cm)

松に椿
京舞井上流の扇には、紅白の椿と薄紅ぼかしの椿、そして松葉が描かれていますが、名取り披露ではそれらを染め抜いた留袖を着て舞うのが決まりとのこと。
この平薬はそれにあやかった仕様で、下がった松の間から三種の椿が顔を覗かせているという設定です。
今回は、様式的でありながらよりリアルな椿を目指した鏝当てにしたのですが、この方が、花びらの美しさが引き出せたように思います。
非常に満足した出来で、気に入ったものが納品出来る喜びには、やはり一入のものがあります。

連翹(れんぎょう)
『連翹(れんぎょう)』

連翹(れんぎょう)
蝋梅・万作・三椏・水仙・菜の花・タンポポ等々、春先の花に黄色が多く見られるのは何故なのでしょう。
連翹は、春先の花屋の一画であろうが街の片隅であろうが、春の光を独占したかのように鮮やかな黄色を輝かせますが、それは蝋梅や三椏の比では無く、一緒に出る若葉とのコントラストも見事です。
250花ほどを小枝にまとめて植え付けた自然木に、二羽のうそを留まらせてみましたが、明るく和らいだ陽射しを全身に浴びながら、春の到来を語らうように仕上がりました。

連翹(れんぎょう)

椿に孔雀
『椿に孔雀』

椿に孔雀
白孔雀の平薬と対になるものをとの依頼でした。
花鳥画に描かれた孔雀と実物の写真を元にして、写実に囚われない飾り物としての装飾性を重視して彩色しました。
緑に見立てた孔雀の羽根ですが、深緑と赤みがかった茶色が斑になって染まってしまったものを、見る角度で変わる孔雀の羽根ならではの特徴のようにして利用したのです。
先端の丸い文様は茶・水色・群青・濃紺という4種類の絹を貼り合わせてあります。

桃花にオナガ

落椿
『落椿』

落椿
落椿が地面を覆う光景を平薬にしたのです。平薬の平面を真上から見る地面に見立てるという冒険でした。
若草色に染めた絹サテンを薄板に貼り、草の萌え出た早春の地面として籐の輪に据え付け、そこに落椿を構成したのです。
しかし、花だけでは頼り無いため、キビタキ1羽を置いたり、全体の色彩を引き締めるため、和紙の葉裏を強調した濃緑の葉も散らしたりしたのですが、とても楽しんだ制作だったものの、無理は否めなかったようです。

落椿

桃花にオナガ
『桃花にオナガ』

桃花にオナガ
珍しく、木彫り彩色の鳥を一番手前にして構成したのです。 桃花は瓶子の口花として作っただけで、平薬に仕立てたのは今回が初めてでした。桃の枝振りに、どこか自信が持てなかったのです。
花数は52程ですが、八重のため倍の用意が必要です。
オナガを作るのは、葉木蓮に組み合わせて以来二度目でしたが、羽根の構造がハッキリしていて、彫るにも彩色するにも楽しんで作れます。
オナガの青、花の濃桃、葉の鮮緑という組み合わせが良く、大きく空けた下半円も五色糸を際立たせるのに役だって、上手くまとまったように思っています。

桃花にオナガ

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 春の平薬

都爛漫『都爛漫』(直径30cm)

都爛漫
どう作ったところで桜は桜なのですから、構成が決め手となります。
オリジナル十二ヶ月平薬の依頼があった時、四月の桜は見上げる枝をと考えましたが、丁度赤い御簾に見立てられる材料を見つけ、上等の金襴を貼って使ったのです。
都の春とて御殿の庭は一際華やかに、何処からともなく楽の音が流れてきそうな光景になりましたので、「都爛漫」と名づけました。
尚、実際には左下の枝は殆ど輪からはみ出ていません。

山吹

山吹
突然のように魅せられた一重の山吹を作りました。有職造花で作る山吹だと、花も葉も、実は抜き型や鏝当てが山桜とまるで同じなのですが、色が違うだけでこんなにも変わってしまいます。
太い幹を持たずにたわんで咲く山吹の構成は非常に難儀で、とうとう扱いきれませんでした。
最初から木彫り彩色した野鳥とのコラボを考えていたのですが、今回はノゴマという野鳥です。
喉が赤い羽毛で覆われて、目の上には眉のように真っ白な羽根が生えているのも可愛らしい野鳥です。
そのノゴマの目の先に、一頭の蝶も置きました。
羽根は紙、僅かに12㎜の胴は木彫りですが、岩絵の具で彩色してあります。
粒子の粗い岩絵の具での彩色は、鱗粉の表現にピッタリだったようです。

山吹

山吹

山桜に雀『山桜に雀』(直径30cm,全長120cm)

山桜に雀
復元の平薬制作で木彫り彩色しながら使わなかった千鳥に少し手を加え、雀に改作して遊んでいたら面白くなり、木っ端でもう一羽作ったのも非常に可愛らしかったものですから、それらを何とか活かしたくて作った平薬なのです。
山桜と山吹を組み合わせた春の平薬を作ろうかと、山桜の葉を沢山作ってあったものですから、以前から好きだった渡辺省亭の『桜と雀』という絵を思い浮かべられるような山桜の枝振りにして、そこに二羽の雀を止まらせたり飛ばせたりすることにしたのです。山桜のことでもあり、葉に挿した紅も鮮やかでしたので、花びらは白のままにして、細かい縮緬のような生地の光沢や質感を活かしました。楽しく囀る声まで聞こえそうで、とてもお気に入りの平薬になりました。

山桜に雀

木蓮とオナガ

木蓮とオナガ
表は赤紫でも裏は白という木蓮が好きで、もう何年も前から作りたくていながら、裏は殆どが裏打ちの和紙のままである有職造花のため、花びらの裏を引き立てる方法を考えあぐねているうち、花が終わってしまうという繰り返しをしていたのです。
そのうち、芽吹く瑞々しい葉と太めの小枝が見せる緩やかな曲線に惹かれるようになり、すると花びら制作に対する身構えのようなものが薄れてしまい、それこそ気楽に葉と花が揃う時期の木蓮制作に取り掛かれたのでした。
花びらの裏は、寸法で切り出した花びらの一枚一枚に、極く細かい縮緬のような厚手の絹を貼り付けることで解決したのです。
この平薬にコラボさせたのは、オナガという野鳥です。長い尾っぽも装飾的に仕上げてありますが、首を回し傾ける、鳥ならではの愛らしい動作の再現こそ、私にとって木彫り彩色の一番の楽しみなのです。

木蓮とオナガ

山藤『山藤』(直径30cm)

山藤
五月初めの里山に美しい花を垂れて咲かす山藤を一度作ってみたかったのです。
瑞々しい明るい黄緑の葉が生い茂り、その中に薄い水色の花房をたわわに下げる山藤ですが、有職造花だと張り出した花の一つ一つが隣の花と絡まってしまい、自然界のよう訳にはいかないので房の位置には非常に苦労しました。
左下一番手前にある房だけは枝に固定せず、風や振動に揺れるように作ってあります。

山藤『御幣』

御幣
そもそも私は猿嫌いですから、猿の木彫り彩色は思い掛けずに出来たもので、それに御幣を持たせたのも突然の思いつきなのでした。
どこで拾ったのか、御幣を握り締めた猿は、横に張り出した山桜の幹に座らせようと決めていたものの、さて御幣とどう結びつけるかなど、まるで考えていなかったのです。
ともかく平薬に構成して眺めていると、突然猿の視線の先に鳥居をぶら下げてはと閃いたのです。
山桜の枝先に鳥居がぶら下がっているというのも妙な話で、思いついた瞬間笑ってしまいました。
有職造花という範疇を踏み外そうと、私はこんな発想の飛び出す瞬間が楽しみでなりません。

御幣

白孔雀と牡丹『白孔雀と牡丹』

白孔雀と牡丹
有職造花でも屈指の華やかさに仕上がる牡丹ですが、通俗と紙一重のところもありますので、牡丹だけでの平薬は作ったことがなかったのです。
しかしふと、牡丹と白孔雀を組み合わせたら、桃山の装飾美術のような平薬が出来るのではないかと、いわば真逆の発想から、木彫り彩色の胴体、絹サテンの尾羽という白孔雀を作ったのです。白孔雀は、足元から頭の先端まで13cm、胸から最も長い尾羽の先端まで30cm程です。
尾羽は、長短21本。和紙で裏打ちした絹サテンで仕立てた一本ずつをハサミで細かく刻み、胴に植え込んであります。なるたけ平薬に収まるようにという意図だったものの、もう少し長い尾羽でも良かったでしょう。
牡丹は三色で、それぞれ花と蕾の組み合わせですが、この花ばかりは決して品格に欠けてはなりません。構成上の問題から、新芽を作って添えてあります。

白孔雀と牡丹

白孔雀と牡丹

花水木にオオルリ『花水木にオオルリ』

花水木にオオルリ
花水木は、花弁の先端にある深い窪みが黒茶に縮れていたりして、それが花水木ならではのアクセントになっているのです。
満開の花水木を眺めていたら、その花弁を有職造花の鏝当てで作ったならさぞ映えるだろうと思い付き、羽を広げたオオルリの木彫り彩色と組み合わせた平薬を仕立てたくなったのです。
作り上げた小枝を、オオルリが止まれる木組みに植え付けてみれば、花は難なく咲かせられました。
あれこれ苦闘していない分、スッキリと端正に仕上がったように思います。

花水木にオオルリ

吹き流し 『吹き流し』

吹き流し
昔の優れた職人技による手描き鯉のぼりと菖蒲を組み合わせた端午の平薬をと始めたものの、公家で育まれた平薬の美感と、庶民の節句ならではの手描き鯉のぼりは相容れず、代わりに五色糸に通ずる吹き流しを覗かせてみたのです。
花弁の根元を長くしたことが、菖蒲の造形を垢抜けさせるのに成功出来たように思っています。

輪舞

輪舞
箱根空木(ハコネウツギ)とサンコウチョウとを組み合わせて、春の平薬に仕上げました。
ツツジに似た小さな花ですので、その抜き型を使っても出来たのですが、満足の行く鏝当てを叶えたくて、8㎜×22㎜という花弁の1枚ずつを鋏で切り抜き、鏝当てした後に5枚を貼り合わせて一花に仕立てたのです。
サンコウチョウの色が暗いので画像では映えませんが、実際にはなかなか可愛らしく出来ています。

輪舞

深山桜とオオルリ

深山桜とオオルリ
比較的高地に咲くミヤマザクラですから、名前に桜とあっても開花は随分と遅く、やっと五月上旬頃から純白の花を咲かせるのだそうです。
オオルリもまた、夏鳥として四月下旬頃から姿を見せる渡り鳥ですから、きっとミヤマザクラの枝にも止まって、大きな鳴き声を涼しげな風に乗せ、山々に響かせることだろうと想われるのです。
このミヤマザクラには、最初アオバズクを止まらせてあったもののどうにもシックリ来なかったので、枝振りをそれなりに移動させ、作り置きしてあったオオルリに付け替えたのです。
振り返るように木の間を仰ぎながら、オオルリの目には何が見えているのでしょう。

深山桜とオオルリ

ホトトギス

ホトトギス
森徂仙という、江戸期に猿を得意にしたという画家の絵をヒントに仕立てた平薬です。
牡丹の咲く渓谷に飛び過ぎるホトトギスを、岩の上の猿が仰ぎ見るという絵なのですが、より深山の光景に相応しいように、牡丹を山ツツジに替え、絹サテンのひだを水の流れに見立てました。
ツツジは、花弁も雄しべも『真の薬玉』の皐月に倣って作りましたから、最も有職造花の伝統様式によって仕立てられたツツジと、オリジナルの木彫り彩色との融合になったのです。

ホトトギス

里山の藤

里山の藤
里山に山藤が垂れる木の間の光景を、トリミングして切り取ったような平薬にしたかったのです。
この籐の輪ですが、ひどく歪(いびつ)になっていたのに太めの枝を当て、引っ張って固定するなどして修正したものなのです。
小枝を加えて調整してはみたものの、太い枝のせいで中途半端な構成にしかならなかったため、何にも使えずにそのまま放置してあったのですが、ふと思い立って別の目的で作り始めていた藤蔓を巻き付けてみたら、まるで木間の光景のように見えるではありませんか。
これも作ったまま放置してあった鶯を小枝に留まらせみれば結構面白くなって、ちょっと気に入っているのです。
蔓植物制作の楽しみは蔓の這わせ方にあるでしょう。偶然性を尊びながら自由に巻き付けるだけなのですが、自然でいながら思いがけないほど気が利いて出来上がるものです。
右下の花房2つは、固定せず風などで揺れるようにしてあります。

オオデマリの咲く頃

オオデマリの咲く頃

オオデマリの咲く頃
突然のように満開になるオオデマリは、ほんのりと鶯色を帯びた白い手鞠をたわわに咲かせてくれますが、その制作はずっと念願でいたのです。それでいながら何やかや踏み切れずにいるうち、物心ついた頃から同じ場所に夥しい花を咲かせ続けてくれていた庭の大木が、昨秋の台風で突然失われてしまい、オオデマリと共にあった思い出を繋ぎ止めるように制作に踏み出したのです。
オオデマリの魅力は、細かいプリーツのような葉にもあるのですが、絹サテンを染めて切り出した葉に、二筋鏝で細かく葉脈を引くことでそれらしく見せても、自然の造形には遠く及びません。
これもまた野鳥とのコラボなのですが、今回はヒレンジャクというお洒落な羽根色の鳥です。その色合いがオオデマリの葉の色に合わせて相応しいだろうと選んだのですが、少し凝って毛繕いしているポーズにしてみたものの、こうした平薬だと何気なく留まっているさりげなさの方が、ずっと相応しいのかもしれません。

オオデマリの咲く頃

遅春『遅春』
(直径30cm,五色糸仕立てで、全長130cm)

遅春
日陰になった葉桜の根元を作りたくて、四ヶ月ぶりの制作になりましたが、案の定出来上がってみれば随分違うものになりました。
桜の樹木を籐の輪に組み込むとなると、先ず重さの問題やらで躓いてしまい、結局樹木の有無自体がどうでも良くなってしまったのです。
ひょろりと咲いたタンポポでもどうにか種をつけ、後は風で飛ばされるまでになった傍らに、蕗はまだ初々しい白緑の葉を広げて、たおやかに覆い被さっています。
そんな合間を突き抜けて、一本のヒメジョオンが小さな花を咲かせている…という、春とは既に名残りばかりになった季節の、人目を引かない日陰の片隅です。

鉄線と黒き猫『鉄線と黒き猫』

鉄線と黒き猫
菱田春草の名作『黒き猫』を平薬にしようと思い付き、早速黒猫を彫り始めてはみたものの、出来上がったのは夏目漱石の『猫』に登場する車屋のクロのように、ユーモラスにふてぶてしい猫でした。
そこで菱田春草の平薬化はさっさと諦め、鉄線(クレマチス)の下の門柱に居座る『黒き猫』に変更してしまったのです。 ガンを飛ばすように見上げた目の先には、鉄線に飛んできたクマンバチを置きましたが、蔓を長く伸ばしてたわませた先端に固定したクマンバチは、羽音の如くほんの少しの振動にもブンブンと揺れるのです。
初めて作った鉄線でしたが、雄蕊の金糸も相応しく、なかなかスッキリと出来たように思います。

鉄線と黒き猫

アケビの花と白き猫『アケビの花と白き猫』

アケビの花と白き猫
私はアケビの新緑と花が大好きなのです。
五月の陽でキラキラと透けた若葉が垂(しだ)れ、そこに小さな赤紫の花が群れなして咲く光景には、毎年目を奪われて来ました。
そもそも菱田春草の絵からの展開でしたから、青葉にした柏を基本にしながら、そこにアケビの若葉と花を加えて構成しました。
折しも、猫の眼前に糸を伸ばして蜘蛛が降りてきたものですから、条件反射のようにちょっかいを出そうと、片手を浮かせたところです。

アケビの花と白き猫

水際『水際』
(直径30cm,五色糸仕立てで、全長130cm)

水際
水辺に咲く黄色の菖蒲です。
独特のムードのある花で、小学校の行き来に目にすると、得も言われぬ…そう合歓の花が目に飛び込んできた時に確信する夏の到来を、その前に予感として知らされるような、私にとってはそんな花だったのです。
実際の花色はもっと鮮やかな黄色なのですが、少し翳りを帯びた黄色に設定し、左から右に流して植え付けることで、水際の雰囲気を出して見たのです。
それにしても、こうした黄菖蒲が咲いた池も既に無くなってしまい、身近で目にする事も出来なくなってしまいました。
失った風景に気づけない人間に、これから自然はどんな道を示すのでしょうか。

桐花『桐花』

桐花
雪深い会津の山道には、桐の木がそこかしこに見え、枯れ残った萼の残骸やらで、花の付き方や枝振りが良く掴めたのです。
細かい枝が多く残った素材で木組みをしたのですが、何も細工をしない枯れ枝自体が、桐の特徴を良く表してくれたように思います。
お辞儀さながら、下向きに咲く花が少しでも際立つように、反り返る花弁の内側に、光沢のある上等な絹を貼りました。

桐花

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 夏の平薬

柳に飛ぶ

柳に飛ぶ
風に揺れる垂れ柳の間をすり抜けるツバメと、留まっているツバメです。
私にとってツバメは電線に連なってこそで、枝に留まった光景がイメージ出来ず、今まで有職造花に合わせられなかったのですが、垂れ柳とツバメを組み合わせた図を見て、何だか作れそうな気になったのです。
大きな口を縁取る薄黄色の唇など、目に焼き付いた鮮明な記憶から、恰も魂を入れるように描けたのは、小さな頃から慣れ親しんだ、特別の思いのある鳥だからこそでしょう。
垂れ柳の葉は、裏にも薄絹を貼りましたが、垂れた枝だとどうしても葉裏ばかりが見えてしまいますので、実際とは反対に濃い緑を葉裏側にして全体の色彩を調整してあります。
細い葉で数も多いので、どうしても煩くなるのですが、今回も扱いに解決を得られないままになってしまいました。

柳に飛ぶ

柳に飛ぶ

石楠花

石楠花(シャクナゲ)
私にとって石楠花といったら、室生寺の塔の手前に咲く花が絶対的で、花色はサーモンピンクを暈かしたような色合いに定着していました。 どうやらそれは、塔の古色に映える色として脳が勝手に作り上げた花色らしいのですが、これはその印象のままを作ったのです。
石楠花の花弁の鏝当ては、クシャクシャとした様子を叶えるのに、二筋鏝を花弁の先端手前に殊更深く押すことで、花弁の上部にも襞が出来上がるようにしてあります。
もちろん葉の裏には黄ばんだ和紙を貼り、表裏の葉色の対比を際立たせました。

石楠花

泰山木

泰山木
泰山木の花は小枝の先端に付きますが、蕾のうちから真上を向いて、そのまま空に開くのです。
しかし平薬には、手が届く位置までも垂れた枝を構図にしたくて、花も蕾も少し横向きにしてあります。
葉は光沢を生かして絹サテンを使い、花は極く細かい縮緬のような厚手の絹を表裏に貼って花弁としましたが、問題は花の芯でした。
結局蕾同様木彫りにして、岩絵の具を置き上げたのですが、木蓮やらこうした花の芯にはつくづく悩まされます。
葉の間から飛び出したカワラヒワは、彩色に難儀しながら端的な表現に至らず、それでも羽根を彩る黄色が泰山木の葉色に映えたようです。
尚、画像だと輪からはみ出ているように見えても、実際には輪の内側に収まっています。

泰山木

紫陽花の雨『紫陽花の雨』(直径30cm)

紫陽花の雨
そもそも有職造花の範疇に紫陽花が入るのかも分かりませんが、梅雨空にひっそりと咲く白い紫陽花を見ていたら、矢も楯もたまらず作ってみたのです。
季節に後押しされ、今なら作れるような気になったのです。
1.5㎝四方の絹を4枚の萼に切り出して薄青と薄紫だけに染め、スッキリとした仕上がりを試みましたが、ふと思いついて背後に絹スガ糸を縦に幾筋か張ってみると、梅雨空からこぼれ落ちた雨になりました。
萼にはあまり光沢のない絹を使い、反対に葉は絹サテンを使って濡れた風情にしました。

花ザクロ『花ザクロ』

花ザクロ
輝くような緑の葉が生い茂る中に、鮮やかな朱色の花を付けるザクロには、毎年心惹かれて来たのです。
花は裏打ちを施すことなく、朱色に染めた絹サテンに膠を塗って、洗い張りのように乾かしてから、花びらを1枚ずつ切り出して鏝を当て、予め作っておいた萼に貼り付けて作りました。
ヤブカンゾウにしろ、梅雨の最中に鮮やかな朱色やオレンジ色を咲かせる花には、とりわけ格別な情緒が宿るように思います。

花ザクロ

白百合と青柿『白百合と青柿』

白百合と青柿
上等な白絹を使った純白の白百合ですが、雄しべは、赤茶の絹糸を針金に巻いてから、折り曲げて作ってあります。
私は、花が咲いた後に夥しく実をつける頃の柿が好きなのですが、白百合が咲くのはもう少し後のことですので、その頃に合わせて、少し育った青柿にしてあります。
色の組合せも清々しく仕上がったように思いますが、その季節ならではの情緒や、息吹きのようなものを感じて頂けたならと思います。

白百合と青柿

雨宿り『雨宿り』

雨宿り
そぼ降る梅雨の雨に濡れる未だ青い桃の枝に、一羽の鳩が雨宿りしているという設定です。
雨天というので、葉色を濃い青緑にしましたから、キジバトも実物とは少し変えて対照的な暖色にしたのです。
鴨類のような鳥は、私には形が鈍く思えて作らなかったのですが、避けた雨に頭を埋めて膨らむ胸のアウトラインには、鳩がピッタリだと思えたのです。
細部に説明的になるのを避けた彩色ですが、何時止むとも知れない雨宿りの退屈に居眠りをするという発想から、鳩の瞼は半分閉じてあります。閉じかかった瞼には、岩絵の具を盛り上げてあります。 構成には満足しているものの、残念ながらこの平薬から梅雨の雨筋を見て取れる程の出来映えにはなりませんでした。

雨宿り

螢『螢』(直径30cm)


以前からムラサキツユクサを作りたくていたのですが、まごまご季節を外してばかりで現物の観察が出来ず、制作出来ないままだったのです。
七夕の日、鎌倉で新作の謡曲「螢」が披露されるよし、その茶会の席に有職造花を飾りたいとのお申し出を良い機会に、螢からの連想でムラサキツユクサ制作が叶いました。
あえて螢は置かず、道端に咲く首の長い小さな黄色い花を添えて、螢が飛ぶ光に見立てたのです。

七夕『七夕』
(直径30cm,五色糸仕立てで、全長130cm)

七夕
五節句の飾り物の依頼で作った七夕平薬です。
笹の葉の付き方を再度観察して挑戦してみました。
有職造花は笹のみという飾りですから、短冊の質が極めて重要になるのです。
丁度折良く頂いた葉書大の工芸和紙は、薄い和紙を流水形に貼り重ねて料紙のようにした、王朝継ぎ紙というものでしたが、それを切って使ってみると品格も加わって随分と映え、私の有職造花には欠かせない材料になりました。

萱草(わすれぐさ)
『萱草(わすれぐさ)』

萱草(わすれぐさ)
この花がヤブカンゾウという名だと知った時、それが立原道造の詩『萱草に寄す』にある萱草(わすれぐさ)だという事も同時に知ったのです。
立原が詩に詠んだ花を、私もまたそれと知らずに梅雨空の下に眺めていたのでした。
肌寒い日すらある、梅雨に入って間もない頃の緑は潤いに溢れ、そこに突き出る鮮烈なオレンジ色と八重の花に、私は魅せられてしまっていたのです。
萼のような花弁まで含めると12枚にもなる八重の構造は、ユリよりも菖蒲に近く、鏝当ても菖蒲に倣っています。
花びらに通る白い筋は、淡い黄鼠に染めた絹サテンを1㎜にも満たない筋に切って貼り付けてありますが、それによってスッキリと仕上がったのです。
茎のずっと下だけに細く長い葉を繁らすヤブカンゾウですから、平薬では出来るだけ少なくまとめ、遠近法を逆手に取らなくてはなりません。
コラボさせたツバメの黒が花の鮮やかさを緩和しながら引き締めもしたようで、思いがけない相性の良さに驚いているのです。

萱草(わすれぐさ)

立葵 『立葵』
(直径30cm,五色糸仕立てで、全長130cm)

立葵
有職造花で作る際必ずしも葉の色などが写実ではないのは、花の色をより引き立てる意図もあります。
立葵を濃紅にしたのは、有職造花は陰陽道の色彩に則る選択からでした。
そのため葉色は実際より随分薄い、濃淡三通りの白緑にしてあります。
立葵の萼は二重ですので面倒ですが、それこそ蕾の見せ場でもあります。
天辺に蕾の付く茎は背の低いものとして、天に伸びる茎の中間の前に咲かせてあります。

立葵

立葵
『凌霄花』

凌霄花(ノウゼンカズラ)
梅雨以降の野には、赤みを帯びたオレンジ色の花が多く、ノウゼンカズラはその代表格ですが、その枝振りは非常に複雑で個性的で、実物を確められなかったら、蕾の向きや葉の付き方だけでも、写真ではどうにもならなかったでしょう。
中国でノウゼンカズラを指す凌霄花(リョウショウカ)とは、高い所によじ登って空を凌(しの)ぐ花という意味だそうですが、そのあまりに見事な命名に対する敬意からも、そんな様を平薬に出来たら良いのですが、そうもいかずに垂れた光景にすると、どうしてもアゲハチョウを飛ばしたくなったのです。
色の対比だけでもこの上ない華やかさですが、真夏の光景なのに涼しげに見えるという感想に、些か気を良くしているのです。

立葵

合歓(ねむ)の花『合歓(ねむ)の花』
(直径30cm,五色糸仕立てで、全長130cm)

合歓(ねむ)の花
実物を確かめながら制作出来るという点だけでも、季節には季節の花を制作するというのが一番に違いありません。様式美による有職造花であろうと、季節に添った制作が続けられたらと願ってしまうのです。
合歓の花はずっと作りたくていたのですが、葉の処理に解決が得られず躊躇していたり、ずっと手をつけられずに来たのです。
しかし、あくまでも詩的なイメージとして、葉の色を薄青に設定することに思い到ったら、もはや居ても立っても居られない思いが湧き上がって、まだ花の時期には早いのですが、制作に踏み切ったのです。
ですからこれは、心象風景上の合歓の花というべきものでしょう。
さていつものことながら、画像では随分葉なりがはみ出しているように見えますが、実際には殆ど輪の中に収まっています。

梅花藻(ばいかも)『梅花藻(ばいかも)』

梅花藻(ばいかも)
清流の水面に繁って、白い花を咲かせる梅花藻ですが、私自身は一度も見たことがありません。
前から、梅花藻の平薬をと提案されていたのですが、水面や水中を平薬に表すのは難しく、真上から見た梅花藻では面白味がない。やはり、澄み切った水中を想わせる必要がありました。
木の枝を繁らせるように、籐の輪の上方に梅花藻を植えて右に流し、厚くならないように重ねた下の空間を水中に見立てたのです。
川底を感じさせるよう、白木で杭を2本立てました。

梅花藻(ばいかも)

梅花藻(ばいかも)

野薊
『野薊』

野薊
野アザミの花を作りたいと願い続けていながら、その萼が壺のような形の上に棘もあることから、有職造花は全て和紙を裏打ちした絹のみで作る…という概念では太刀打ち出来ないでいました。
木彫り彩色の鳥やらを頻繁に作るようになって、造形上の無理があるような蕾や萼なら木彫り彩色でも良いだろうし、その方が相応しいのではないかと考え始められた事から、やっとこの花の制作が可能になったのです。
刺々しく幾何学的な角度で伸びる長い葉ですから、そのままの再現では生地の無駄が甚だし過ぎるため、葉裏に和紙を貼ることで厚さを増し、先ずは触ると痛いような硬質な質感に仕立ててから、棘のある葉の形をいわば様式的に捉えて切り出してあります。
色彩配分の役割からも、3頭のモンシロチョウを飛ばせてみました。

野薊

草むらに咲く『草むらに咲く』
(直径30cm,五色糸仕立てで、全長130cm)

草むらに咲く
川の土手を歩いている時、雑草の中に一本だけ伸びて花を咲かせている昼顔があり、こんな平薬を作ってみたいと携帯に撮影していたのは一昨年の夏のことです。
こうした何気ない自然環境の再現には、先ず単品として鑑賞出来る程の雑草や昼顔を完成させてしまい、最初に全体像の基本となるような一本を慎重に植え付け、それにパーツを組み合わせて最良の偶然を引き出す方法を取るのです。
自然の枝葉の妙のように、『そうなってしまった』という自然界の『非作為』に勝るものはないのですから、それを『作為』として利用するのです。
こうした一見雑然とした構成であっても、パーツとなるそれぞれの植物が、実際にどんな構造で出来ているのかを把握していないと、決して草むらになってはくれません。
有職造花のことでそのままではないのですが、自然界の凝縮に見えるためには、やはりデッサンの必須ということになるのです。

『朝顔の平薬図』(直径30cm)

朝顔
花が終わって内側に萎んだ朝顔には独特の風情があるのですが、試作では色褪せた様まで再現出来たのです。
それに気を良くして開花途中のを作れば一際美しく、朝顔の花弁ならではの魅力を絹で表し得たように思えました。
西洋朝顔にしようと、実物の色とは随分違うのですが、花色との対比から淡い鶯色に染めた生地で葉の形を切り抜いたのです。
どうやら私は、朝顔のみならず葛(くず)や藤といった蔓(つる)植物が得意なのでしょう。好きなように組み立てた蔓でありながら、不思議なほど自然に自由に絡みついてくれるのです。

朝顔

朝顔

カワセミ

カワセミ
カワセミが小魚を狙う平薬です。
このプランはお客さんからの要望でした。
水生植物を平薬に出来ても、小魚のいる水中表現を平薬でするのは無理だと思ったのですが、小魚を水中から跳ね出させるという発想の転換に至れるなり、直ぐに制作に掛かったのです。
しかし、下台に何気なく木彫り彩色した小魚を置いてみれば、水中に泳いでいるように見えるではありませんか。この方が自然だと、いつもながらにさっさと方向転換したのです。
河骨とカワセミだけでは間が抜けた構成だったところ、白い縁取りのある葦を添える事で、やっと完成に導けたのです。

カワセミ

カワセミ

蓮(はちす)『蓮(はちす)』
(直径30cm,五色糸仕立てで、全長130cm)

蓮(はちす)
誰も行ったことも見たこともない極楽の庭だけれど、そこに咲くのがこれだと言って、蓮の花に異存を持たれる方は少ないことでしょう。
全く、形といいその美感といい、別格に現世離れしているのです。
さて、実際の蓮の葉や花といったらそれは大きいのですから、直径30cmの輪に構成した時、こぢんまりとしてミニチュアに見えてはいけません。
葉は、8本の針金を主葉脈として貼り付け、その延長をそのまま茎にしてあります。
花は、花びらの縁に鏝当てして内側に丸まるようにしてから土台に貼り付けてあります。

向日葵朝顔図
『向日葵朝顔図』
(直径30cm,五色糸仕立てで、全長130cm)

向日葵朝顔図
江戸琳派の大家酒井抱一が、十二ヶ月の花や鳥・小動物などを描いた軸から、時折意臨という形で平薬にしたりして来たのですが、今回画集をはぐって目に留まったのは、以前これは有職造花にならないだろうとしか思えなかった、『向日葵蟷螂図』だったのです。
向日葵を作るのに問題なのは厚く大きな花芯で、これは絹糸の束を貼り付けた後から、毛植え細工のように刈り込めば出来ると踏んだのですが、その通りでした。
葉は敢えてギザギザを省き、若々しい黄緑に染めて、初めて咲いた向日葵のようにしてみたのです。
朝顔は、当時の多くの絵に描かれているものと同じく青一色として、先ず花や蕾を付けた蔓をアバウトに作ってしまい、それを向日葵や籐の輪に巻いて構成してあります。

向日葵朝顔図

抱一憧憬『抱一憧憬』
(直径30cm,五色糸仕立てで、全長130cm)

抱一憧憬
酒井抱一の「夏秋草図屏風」を見ていて思いついた有職造花です。
夕立に打たれた直後の薄・朝顔・女郎花・白百合ですから、花々は頭を垂れて咲くのです。
原画の趣を直径一尺の籐の輪に再構成した、言わば意臨でしか成り立ちませんので、薄や女郎花の位置など絵の通りではありませんが、琳派の雰囲気を出すため、薄の葉脈を純金泥で彩色してみました。
白百合の雄シベは絹刺繍糸を巻き付けて効果有り、有職造花は絹で無ければ…と改めて思わされた制作でもありました。

桃色芙蓉
『夕顔』

夕顔
夕顔の花は朝顔と同じように思われがちですが、花びらの下に細く長い筒があり、その先端に筒の直径の30倍にも及ぶ大きさの花を水平に近く咲かせるのですから、朝顔とは造形的にまるで違うのです。
花びらの質感から滑らかな肌触りの絹を使うことにしたのですが、あえて少し黄ばんだ生地を選んだことによって、とりわけ襞(ひだ)の重なりには夕顔らしい自然な色彩と曲線が与えられたように思っています。

夕顔

桃色芙蓉
『桃色芙蓉』

桃色芙蓉
九月に入ってからも咲き続ける桃色の芙蓉には、ずっと惹かれて来ました。その花は、残暑の厳しさでも冷たいコバルト色を含ませ始める晩夏独特の空にこそ映えるのです。
アオスジアゲハを添えたのは、そんな空色を合わせたかったからなのですが、夏がそうであるように、ちょうど桃色芙蓉の上を過ぎる瞬間にしてあるのです。
芙蓉制作で殊更厄介なのは蕾ですが、しかし厄介とは魅力溢れる造形だというに等しいのです。これは木彫り彩色です。
平薬は左右の重さにバランスが必要ですが、花の構成というのはアンバランスな方が面白かったりするのです。 この平薬も花が右に片寄って安定しませんから、ちょうど都合の良い場所にある大きな蕾の中に、絹に包んだ小石を忍ばせてあるのです。

桃色芙蓉

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 秋の平薬

初秋の野『初秋の野』
(直径30cm,五色糸仕立てで、全長130cm)

初秋の野
ススキに女郎花、小菊だけで構成した初秋の野をイメージした平薬です。
問題なのは女郎花で、これが有職造花で作られたことがかつてあったのか甚だ疑問があり、この材料も制作法も有職造花としては反則なのではないかと思いながら、他に方法を思いつきません。
彩色に日本画岩絵の具を使うためその重量から、極く小分けにして繰らないと時間を経るに従い垂れ下がってしまうのです。
この平薬はずっと以前に制作したものですが、修理に帰ったのを機に、平菊を二輪だけ加えてまとめ直したものです。

月にウマオイ『月にウマオイ』

月にウマオイ
私は葛の葉が大好きなのです。棒や電柱を支える鉄線に巻き付いて這い上がっては葉をギュウギュウに茂らせた、その塊が好きなのです。
それでも伸び足らず、茂みから新しい蔓が突き出て垂れ、それが風に靡く情緒といったら。短い藤の花房のような赤い花も、私にはほんの添え物で構いません。
月光を遮るように伸びた蔓の上に、胴体が3cmのウマオイ1匹をしがみつかせました。実際のウマオイは透き通るように鮮やかな黄緑色ながら、満月の前の逆光でもあり、敢えて濃い緑で彩色したのです。

月にウマオイ

曼珠沙華『曼珠沙華』
(直径30cm,五色糸仕立てで、全長130cm)

曼珠沙華
以前から一度作ってみたかった花ですが、面倒なようでいて何しろ葉っぱの一枚も無く、僅かに3.5㎝×0.3㎝の花びらの鏝当ても単純です。
小さな花の一つに計7本の蕊がありますが、針金に絹刺繍糸を巻き付け、花粉として黒岩絵の具と金を彩色してあります。
白の曼珠沙華は珍しいのですが、白のみでは葬式の花のように見えながら、紅白取り混ぜると一気に華やかなものになります。
有職造花でこの花が作られた事は無いのではないかと思うのですが、十分有職造花として成り立っているように思います。

曼珠沙華

早柿
『早柿』

早柿
実るにはまだ早い時期に真っ赤に色づいた柿というのは、虫がついていたり、自然に熟したのではないものが多いのです。
それで小粒のまま、真っ青な柿と隣り合わせに付いていたりするのですが、その極端な色の対比こそ、そんな時期の見所だと思うのです。
酒井抱一の軸にも柿の実を描いたものが幾つかあるのですが、それを有職造花にするとしたなら、柿の実ばかりは木彫り彩色にしてはならないのではないかと考えていたこともあり、染めた絹を円く縫い括って綿入れしたのです。
質感といい色彩といいまるで和菓子のようですが、有職造花ならではの鏝当てによる萼をつければ、それなりに出来上がったようです。
組み合わせた野鳥はヒヨドリです。あの喧しい鳴き声の、図々しい顰蹙(ひんしゅく)の野鳥は、宮古島でさえ“ピーピーマッチャ”と呼ばれて、嫌われていたのです。
だから、精一杯愛らしく彩色したのです。

早柿

野分『野分』(直径30cm)

野分
十月の平薬として作ったものです。初秋の花である白芙蓉や女郎花が、名残の花を咲かせている時期に吹き荒れる野分を表したかったのです。
薄の葉は、その質感ゆえに通常は裏に和紙を貼ったりしないのですが、敢えて和紙を裏打ちして対照的な表裏の葉色を際立たせることにより、風に翻る様を強調してみたのです。
白芙蓉には厚手の絹を使い、花びらの質感を際立たせてあります。

月に葛花
『月に葛花』

月に葛花
ずっと作りたくていた葛(くず)の平薬は、生い茂る葛の隙間から皎々と輝く満月が見えるという設定で叶いました。
大胆な構図ですが、そもそも野に繁る葛の一画をズームさせた構成ですから、ならば隙間から覗かせる満月も、夜空の彼方に全体を浮かすのではなく大きくズームさせて、琳派の屏風絵のような効果を目論んだのです。
満月は桐の板に純金彩色ですが、まず胡粉塗りしてから墨汁→純銀泥と塗り、最後に薄く溶いた純金泥を何度も塗り重ねてあります。
僅かに銀の下地を透かせることにより、月の光を一切遮らない秋の夜ならではの澄んだ大気を、少しでもこの満月から漂わせてみたかったのです。

月に葛花

銀杏(イチョウ)
『銀杏(イチョウ)』

銀杏(イチョウ)
秋と言えば直ぐに思い起こされるイチョウですが、それが平薬になるかといえば、なかなか難しいのです。
私の平薬が鳥や昆虫と組み合わされるようになってから、それまで二の足を踏んでいた花も平薬に出来たせいでしょうか、山雀(ヤマガラ)の絵を見ていて、その羽色を黄色く色付いたイチョウに埋めさせたらさぞ映えるだろうと思うなり、早速イチョウの平薬制作に掛かったのです。
色付く途中として、一部に黄緑を刺そうかとも考えたのですが、ただただ黄色一色で山雀を埋めさせたのです。

銀杏(イチョウ)

御簾に小菊
『御簾に小菊』

御簾に小菊
深秋の御所庭というような設定で、巻き上げた御簾の前に小菊を植えてみました。
菊の鏝当てにはなかなか満足出来ないままなのですが、切り抜いた白菊を見ているうちに、極小玉鏝を使って花弁の先端を2山にふわりと膨らませる手法を思い付いたのです。
この鏝当てだと、穏やかな丸みが絹の風合いを引き立てるようにフワリと仕上がりますから、厚手の絹で作った白菊にこそ最も効果的でしょう。
環の中に溢れるばかりの小菊ながら、三色が決して派手に流れず押さえられていて、晩秋の静寂のようなものにも相応しく、今まで作った菊花では一番の仕上がりなのではないかと見ているのです。

御簾に小菊

錦秋『錦秋』
(直径30cm,五色糸仕立てで、全長130cm)

錦秋
流水桜橘の平薬と対になるよう、龍田川と題して紅葉が川を流れる光景の平薬を造ろうとしたのですが、赤・黄・紫を極薄に染めた小菊で周囲をびっしりと埋めたら何とも華やかになってしまい、ならばと下げ花も三色の玉菊で豪華にまとめ、題名も「錦秋」としました。
紅葉はどうしても下が透けてしまいますので、籐の輪に薄茶に染めた絹を張り、その上から植え付けてあります。
紅葉には、ピンセットで一枚ずつ持ち上げては角度を微妙に変えたりして、静かな躍動感を与えてあるのです。

山鳥と紅葉
『山鳥と紅葉』

山鳥と紅葉
酒井抱一が描いた、御物十二ヶ月花鳥図の二月にある『桜花雉子図』をヒントに出来た平薬なのです。
垂れさせた山桜の枝の構図は、そのままで平薬に出来るような配置でしたから、山桜を紅葉の枝に替えて、秋たけなわの平薬としたのです。
雉は以前作ったためヤマドリに替えたのですが、抱一が描いたように鳥が前向きだと長い尾が籐の輪の向こうに出てしまうため、後ろ向きにもしてあります。

山鳥と紅葉

ザクロの実る頃
『ザクロの実る頃』

ザクロの実る頃
突然、ザクロを木彫り彩色してみたくなったのです。勿論ルビーのような粒の一つずつまで木彫りするのですが、表皮の彩色にもとても興味惹かれてのことでした。 そもそも秋深くに取り残されたザクロという設定でしたので、最初は表皮を乾涸らびたような赤茶色にしたもののあまりに重苦しく、一気に金茶で塗りつぶして若干の赤や茶、緑青を挿してみたのです。
最初は赤い実だけニスを塗って光沢を出そうと考えていたものの、岩絵の具ならではのくすんだ色彩が深秋の外気を醸し出したように思えましたから、キビタキも一羽だけ添えるに留め、日本画にあるまじきことはやめたのです。

ザクロの実る頃

ザクロの実る頃

サルトリイバラ
『サルトリイバラ』

サルトリイバラ
そもそも秋が苦手なせいでしょうけれど、秋の平薬となるとまるでプランも制作意欲も湧かなかった私が、何故か今年は連作出来ているのです。
それでもまだ作りたい手の疼きが止まらずに目を留めたのが、晩秋に赤い実を付けるサルトリイバラでした。
小学校に通う道すがら、幾重にも蔓が絡まった大きな薮で毎年目にしていながら、何十年も思い出すことなくていたのに、図鑑でそれを目にするなり胸が締め付けられるほどの望郷感のようなものに迫られたのです。
ススキを背にしてサルトリイバラを構成してみると、すっかり気持ちが満たされてしまい、もう満月とかでこれ以上の秋色を加えるのは屋上屋だと止めたのです。

サルトリイバラ

おくやまに
『おくやまに』

おくやまに
動物の木彫り彩色が楽しくて、二頭出来た鹿に紅葉を組み合わせ『奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は哀しき』の百人一首を平薬にしました。
紅葉は、くすんだ黄色なり何種類かの地色に染めた絹を型抜きしてから、一枚ずつ紅などで後染めし、針金を貼り付けてから、鏝で一枚当たり十数本の葉脈を描き込んで作るのです。
写真だと、紅葉が一尺の環から随分はみ出て見えますが、実際には殆ど環の内側に収まっています。
一見華やかに見える平薬ですが、どことなく秋の寂寥が漂よったのは『望外の喜び』というやつです。

おくやまに

沢蟹『沢蟹』

沢蟹-Sono giunta!-
紅葉の蔦を作るのは初めてでした。
手慣れた暈かし染めと蔓の構成で難なく出来た深秋の山中ですが、それからどうしたものかと眺めるうち、ふと作り置いてあった沢蟹を太い幹の上に置いてみたら、それが面白いのです。
器用な沢蟹が幹を登ってみると、眼前に青い実を付けた蔦の紅葉が広がっていたというわけです。
沢蟹の秘かな冒険と偶然には、やはり深秋の月光が相応しいでしょう。純銀彩の月ですが、うっすらと純金泥を掛けました。

沢蟹

銀波の宿『銀波の宿』

銀波の宿
鷺を使って深秋の景色を作りたかったのです。
秋の深まりで金茶に変わった葉の茂みから、真っ白いススキの穂が無数に伸びて陽に映え、銀波のように揺れたり、砂子をまぶしたようにキラキラと輝いて見えたりする中に、1羽の鷺を静かに佇ませたのです。
鷺の白とススキの穂の白が色彩の殆どですから、鷺のくちばしに僅かな赤を差して、穏やかな温みを添えたつもりでいるのです。

銀波の宿

うさぎうさぎ『うさぎうさぎ』

うさぎうさぎ
立体のうさぎを平薬に据えるのには何らかの台なりが必要なのですが、白うさぎからの連想で十五夜から餅つきに至った時、ならば杵の上はどうかと思い付いたのです。
逃げ出すなりしたうさぎが乗るのは、もはや廃屋となった納屋の外に放置された、蔦に巻かれるままの杵。
その傍らに残菊となった白菊が咲いて、月の光に照らし出されているのです。
虫の声も絶え、秋草の生い茂るままにされた庭に紛れ込んだ白うさぎは、折しもの満月を仰ぎ見ながら何を思うのでしょう。

うさぎうさぎ

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 冬の平薬

初冬の庭『初冬の庭』(直径30cm)

初冬の庭
以前作った平薬のパーツを花だけ作り直して再構成したものです。
十二ヶ月の平薬を作る時、その花の選択はこの季節となると非常に手薄で、苦肉の策として枇杷と石蕗(ツワブキ)を使ったのです。
半日蔭で育つ石蕗ゆえか花は一際鮮やかな黄色で、それを活かすため枇杷の向こうにも石蕗の花を覗かせてあるのです。
渋い枇杷の葉色をも引き立てて、中々雰囲気のある平薬になったように思います。

柿に烏
『柿に烏』

柿に烏
木彫り彩色の白鷺を改作していて思い付いた平薬でした。
江戸琳派の酒井抱一は、小動物に向ける眼差しだけでも、宗達、光琳とは違った身近な共感で、私を傍に置かせてくれる存在なのです。
その作品を元にした平薬の五つめは『柿烏図』です。赤く熟れた柿と僅かな葉、そして枝に止まる烏だけの軸ですが、意臨というほど堅苦しくも捉えず作りました。
烏の体型は小鳥とは随分違い、なかなか烏になってくれずに難儀しました。
これに五色紐は合わないだろうと思いきや、不思議なほど空間が生かされたのには驚いてしまいました。

柿に烏

ほんの少しの初雪
『ほんの少しの初雪』

ほんの少しの初雪
以前から作ってみたかったカラスウリとリスで、初冬の平薬を構成したのです。
前から参考にしている動物図鑑でリスを見れば、何ということもない単純なポーズにオーソドックスな彩色でいながら、何とも優しい穏やかさに包まれた愛らしさで描かれていたのです。
その通りに彫って彩色しました。
カラスウリの紅葉は代わり映えがせず、初雪として岩胡粉を振り掛けてみたのです。
ほんの少しだけ降った初雪に、リスが冬支度を急かされるような光景でしょうか。

ほんの少しの初雪

初冬の庭
『ガマの穂に白鷺』

ガマの穂に白鷺
木彫り彩色の白鷺を改作していて思い付いた平薬でした。
ガマの穂は、絹を細長く縫い合わせて針金に固定し綿入れして作りましたが、弾けてこぼれ出した綿毛は、穂の何ヵ所かに穴を空けて中の綿を引っ張り出したのです。
殆ど緑を失ったようなガマの葉と共に、渋い三色に限定した色彩の取り合わせが上手くいったようです。
流水形に切り出した下台に岩胡粉を振り、誰も訪れない初冬の沼の寂寥感のようなものを表しました。

初冬の庭

初冬の庭
『山茶花(さざんか)』

山茶花(さざんか)
一重の山茶花を知った時、勝手に本来の山茶花というのはこういうものなのだろうと感動していたのです。
残念なほど花の寿命も短いようで、早くからはらはらと散って道に散らばっていたりしますが、それがまた美しく思わず手に取ってしまいます。
私の魅せられた山茶花は、長く真っ白な花弁の先端に少しだけ紅が注されているのです。
いずれにせよ白が基本なのですから、すこし厚めで光沢もある、上等な白絹を使って作りました。
これにも小禽を止まらせようと考えていたのですが、かえって一重の山茶花ならではの趣が削がれてしまうように思えて、久しぶりに花だけの平薬となりました。

初冬の庭

霜夜の月
『霜夜の月』(直径30cm)

霜夜の月
鳥と有職造花の平薬を復元している最中に、酒井抱一『枯蘆白鷺図』を目にして思いついた作品です。
枯蘆を有職造花にするなど思いもつかなかったのですが、色を失った蘆は残菊や蔦の色彩を際立たせ、真上からライトを当てるとまるで凍てついた月灯りを浴びたような風情になりました。
桐の板を水面に見立てて水に立つ白鷺としたのです。
黄色の残菊は、和紙を裏打ちせずに糊を打って儚く仕立てました。

霜夜の月

霜夜の月

凍日『凍日』(直径30cm)

凍日
有職造花と木彫り彩色の鳥とで、凍えんばかりに厳冬の平薬を作ってみたかったのですが、思い浮かんだのは枯れた蓮の葉と茎でした。
沼に雑然と枯れている蓮と合わせる鳥を考えている時、いつもこの季節になるとふと思い出す「百舌鳥が枯れ木で啼いている…」という唱歌から、その鳥に百舌鳥を選んだのです。
あえて背中を向けさせる事で、生きものを拒むような厳冬の風景を演出してみたのです。

凍日

松とし『松とし』
(直径30cm,五色糸仕立てで、全長130cm)

松とし
松と御簾のように同じ平薬の注文を受けても、同じ物を二度作る気にはなれません。
今回制作を始めた時ふと、長く伸びた枝を活かして文を結びつけてはどうかと思いつきました。
文には、百人一首から中納言行平の「立ち別れ稲葉の山の峰におふる松とし聞かば今帰り来む」を仮名書きし、歌のままに“松”を懸け言葉とし、題名ともしました。
松のパーツも最低限に留められ、スッキリ出来たように思っています。

雪中寒牡丹『雪中寒牡丹』

雪中寒牡丹
小道具の箒を作って残った卓上箒が、まるで霜除けのように見えて思い付いた平薬です。
寒気まで表せるよう、花にはより白が引き立つ上等の絹を使い、ほんの少し雪も積もらせました。
メインの飾りが片側に寄ってしまう構成だと、どうしても重心の釣り合いが取れませんから、太い梅の幹を右下に据えて重心の均衡を図りました。
パーツを最低限にしたのも生きて、寒気の中の穏やかな華やかさにまとまったようです。

一隅に咲く

一隅に咲く『一隅に咲く』

一隅に咲く
久しぶりに『行の薬玉』を制作したところ、新たに作った型紙で仕立てた水仙が理想的に仕上がりました。
それに気を良くして、同じ型紙によって水仙を作り、冬の平薬を構成してみたのです。
今までになく渋い萌黄にした葉の色によって、絹自体の黄ばみを微かな花色に見立てる目論みが、図らずも強調されたように思います。
水仙の茎や葉を籐の環に添わせて弛ませ、枯れ枝を一本だけ配して、人目につかない野の一隅を演出してみたのです。

一隅に咲く

春は名のみの『春は名のみの』

春は名のみの
『早春賦』という唱歌を平薬に見立ててみました。
『春は名のみの風の寒さや 谷の鶯歌は覚えど 時に有らずと声も立てず』という歌詞からのタイトルですが、やっと一輪咲いた梅に寒の戻りの遅雪が積もり、鴬が飛来したもののまだ鳴くことはないという光景に仕立ててみたのです。
飾り物としたら地味に過ぎるでしょうけれど、そもそも私はこうした平薬が好きで、また得意でもあり、こんな世界こそが私ならではの平薬というものではないかと考えもします。

春は名のみの

隼(ハヤブサ)『隼(ハヤブサ)』

隼(ハヤブサ)
神武天皇の持つ弓に止まる鳶を作ってみたら、とても新鮮で思いがけないほど面白く、猛禽類で平薬をと思い立ちました。
猛禽類への興味は、内側に鋭く丸まった嘴(くちばし)なのですが、小さな木彫りでは無理があり、嘴に貼り重ねた和紙を鋏で切り出してあるのです。
図鑑のような説明的な彩色は避け、日本画の一部のように塗ってみたのです。

隼(ハヤブサ)

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■ ミニ平薬

雛立像に持たす小道具として作った、直径僅かに5cmの平薬です。その後要望があって、小さな飾り物としていくつか作ってみたのです。輪のサイズからすると花が大き過ぎるのですが、花はあくまでも鏝を当てたものでなければ意味がありませんから、どうしてもある程度の大きさが必要なのです。しかしこうした小さな物だと、構成の難しさこそ特別ではあっても、所詮小さいということにしか価値が無い…というような気持ちになり、ストレスが溜まって来てしまうのです。

『ミニ平薬』(直径5cm)
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