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■ 近頃のこと

2022/09/12

復元を楽しむ

絵巻にある図に魅せられてしまい、その復元をしている話を書いていましたが、どうにか完成させることが出来ました。

江戸後期の『虫合わせ』に使われた有職飾りの図だだというのは、友人による後の調査で分かった事なのですが、復元に駆り立てられてしまった図に、式子内親王の詠んだ歌の下の句だけが散らされているのが、先ず解せなかったのです。

歌は『桐の葉も踏み分け難くなりにけり必ず人を待つとなけれど』というのですが、下の句だけが有職飾りの台上に書かれていながら、『待つとなけれど』の『まつ』の2字だけが、どこにも見当たりません。

よく見ると、その位置に虫が描かれていますから、どうやらそれは松虫で、『待つ』と掛けたのではないかと推測したのでしたが、後に『虫合わせ』と知って、やはりそうかと一人で頷いたのでした。

どうやら王朝時代に詠まれた松虫・鈴虫の歌を題材にした有職飾りを予め仕立て、それを見て左右に別れた歌人達が歌を競い合うという趣向だったようです。

絵巻の図など、誰が描いたかなどは、およそどうでも良いほど稚拙で、いい加減だったりする事が多いものですから、復元に際してどれだけ参考にして然るべきか、この図とて頼りないものでした。

先ず桐の立木ですが、葉の形からすると青桐でしょうし、住む人もないように、井戸が朽ち果てているのはそのままなものの、その傍らに咲くのは野菊というより、この歌ならばこそ都忘れに思います。

また、その間から出る露を宿した細い葉は、茫茫たる薄(ススキ)というより、背丈からも野草の方が相応しいでしょう。

青桐の葉は、枯れ始めて黄変したものから、落葉して地面に腐れ果てるものまでの過程を、数種類つくり、都忘れは、鮮やかな紫に至るまで、薄い紫から4度ほど縮緬を染め直ししました。

井戸枠は、木組みで仕立てたものを、雨風や虫による侵食らしく傷付けてから彩色して汚し、井戸は下台を丸く彫って墨塗りし、周囲に苔色の縮緬を貼って仕立ててあります。

松虫は、羽を広げて鳴くオスと、その近くにいるメスの2匹ですが、広げた羽は薄絹。極細の針金に和紙を挟み貼って曲線を切り抜いた跳躍の脚は、僅か1cm弱に木彫りした身体に差し込んであるのです。

さて、こうした復元で最も問題なのが、大きさの比率なのです。

青桐の立ち木と松虫とは、あまりにも大きさが違いますから、その比率を正確に再現しようものなら、松虫など粟粒にもならないのです。

井戸枠の傍らに咲くミヤコワスレの1輪にしろ、とても花びらなど作れたものではありませんし、有職造花に欠かせない鏝当てなど、施せたものではないのです。

そこで、それぞれを都合の良い倍率で仕立て、それを同じ台上に載せてしまうのですが、その無謀はしかし、絵巻に見られる日本ならではの遠近法や誇張に倣うようなものなのですから、それもまた『写し』の面白さ、或は必然性というものなのかもしれません。

厳密な復元とは言えないものの、ともかく仕上がった有職飾りですが、王朝時代と有職造花ならではの雅と品格を保たせながら、来ぬ人を待つ悲哀や寂寥というものが、季節の風景に漂い出ていなくてはなりません。

見方、感じ方は千差万別。しっとりとして見える落ち葉1枚にもそれが叶っているという方、まるで見つけ難いという方、いずれも居られます。
それでも、誰に依頼されたのでもないこの復元は、何よりも最後まで存分に楽しめたのでした。

斜め

正面

横

松虫

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