昨年の今頃でしたか、黒漆塗りの花器に飾るのに、桃の花と菜の花の有職造花を作って欲しいという依頼があったのです。
更に毎月の季節の花をということにもなって、作った順序通りではないのですが、1月→大和橘、2月→白梅、3月→桃の花と菜の花、4月→桜、5月→杜若、6月→紫陽花、7月→七夕、8月→蓮、9月→五色の小菊、11月→紅葉、更に別口で秋の七草もというご要望の花々を仕上げて、納品したのです。
手桶風の花器のことで、それなりに大きさがありますから、リアルに作れた上に絵画的な構成も叶い、また、依頼者が花を活けることに長けて居られたので、紫陽花などは生花のように1本ずつバラのまま送り、構成をお任せするというようなことも出来て、荷造りが楽で助かったりもしたのでした。
自然木の枝ぶりに触発され、それを生かすことを基本とする私の有職造花は、その都度一品物として作るものですから、荷造りの効率まで計算されて、量産の流れ作業が成り立つように作られる造花とは、どうしても様々に違ってしまいます。
殊更長く張り出させたりする枝とかで、荷造りを厄介にさせるばかりか、大きな箱が必要にならざるを得なかったり、納品の荷造りには毎回泣かされてしまうのです。
さて、そんな制作を繰り返していた途中、別の方から、やはり12ヶ月の花を瓶子に飾りたいのだけれどという依頼があったのです。
高さ12㎝程の瓶子に活ける有職造花のことで、当然サイズが小さいものですから、例えば一輪挿しのようにとか、ほんの一枝を挿したというようにとか、いわば凝縮された構成に徹して、実物より著しく小さくなって、鏝当てなどに技術的な無理が生じたりしないように作ったのです。
毎月の花のご希望は、1月→若松に橘、2月→紅梅白梅、3月→桃花と菜の花、4月→桜、5月→杜若といったもので、当然花器飾りと重なる有職造花もあったのですが、構成はまるで異なり、桜などは作者すら驚くような斬新さで生まれ出たのでした。
依頼のタイミングで、1月分からの制作と納品になりましたが、作り置きしてあった紅葉の小枝が、瓶子飾りとしてドンピシャだったので、紅葉は11月分の瓶子飾りなのですが、1月分と一緒に先渡しさせて頂いたのです。
それが皮切りとなり、暇にあかして3月分、4月分、5月分と、あれよあれよと先走って作ってしまい、さて6月の花のご希望はと確かめれば、これまで一度も制作したことのなかった、ガクアジサイだったのです。
梅雨時の日陰に咲くガクアジサイの美しさには、以前から惹かれ続けていましたし、家の庭にもあって観察も出来ましたから、今年こそ有職造花にしてみようとの気持ちを強めていたところに舞い込んだ制作依頼に、沸き立つ心地すら覚えました。
ガクアジサイ制作の厄介さは、真ん中にビッシリ詰まる小粒の蕾にあるのですが、昨年どうにか克服出来たように思う女郎花(オミナエシ)と、それによって連鎖的に作れた藤袴(フジバカマ)の製法を踏まえれば、蕾の付き方に基本的な問題は残るものの、思惑通り割合スムーズに出来上がってしまったのです。
ガクアジサイの葉に、実際よりも青の勝った色に染めた絹を使ったのは、瓶子の純白を引き立てるのと、梅雨時の空気感を醸し出す意図なのです。
未だ真っ白に霜の降りる厳寒ではあるのですが、明るく晴れ渡った昼に見る遠景は、明らかに早春の色に烟り始めています。
その昔10代の最後、4号の小さなキャンバスに、地平近くはグレーに、その上に透明なセルリアンブルー、そしてコバルトに広がった天空に、6つの羊雲が浮かぶ早春特有の風景を描いたのでしたが、それを贈った当時の友人は今どこでどうしているやら。
当時のものなど皆捨ててしまっていながら、どこにどんな状態であれ、あの雲ばかりは、今もあの時のまま小さなキャンバスに浮かび続けてくれていたならばと、この季節には決まってそう願うのです。