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■ 近頃のこと

2025/03/31

日暮しの雛

早朝の車窓に流れる景色を見るともなしに眺めていると、山際の斜面が、緋毛氈を敷き詰めたように赤くなっているのです。

目を凝らせば、山の斜面に垂れて咲く大きな椿の木からの無数の落花が、根元を赤く染めているのでした。

そんな通りすがりの光景に気付いてから、そう言えばと東の格子窓から家の裏の竹山に目をやれば、そこにも同じ様に真っ赤な椿が落ちて、竹山の一隅を染めていたのでした。

家に籠もっていて、買い物にすら滅多に行かない日々でしたから、暑いほどの日が数日続いたかと思えば、開花宣言を聞いたばかりに思っていたソメイヨシノが、最早満開近くになっていたのにも驚かされてしまいましたが、三寒四温どころか、大寒と初夏と行ったり来たりするような、今更ながらの異常気象に、今から今年の夏を思って憂鬱になってしまうのです。

『冬きたりなば春遠からじ』とは、希望に夢を繋ぐ前向きな発想の転換でしょうけれど、例えば『春きたりなば夏遠からじ』と言ってみれば、心地よい春が来たということは、あの恨めしい夏が近づいたというのに同じなのだと、ひたすら水を差す以外の何物でもなく、うんざりさせられるだけなのです。

2月の終わり頃から、コレクションの『二番親王尺三寸二十八人揃』という雛の組物を、奥の8畳間に8畳大の雛段を組んで、とうとう大きな雛飾りを実現していました。

何分駅からのタクシー代が、往復で5,000円にもなる田舎のことですし、見学を望まれても送り迎えなど出来ませんから、友人やほんの関係者のみに知らせるだけに留めたのです。

さて、この雛飾りをしようとしたのは、美術館などの広く天井の高い施設に横並びさせるしかない展示ではなく、二番親王など言うまでもなく、尺三寸という、親王の大きさ基準からだと五番に相当する大きな官女などでの、28人に及ぶ組物が、築95年の民家という住空間に飾った時、どんな風に見えるのかという強い興味が最初だったのです。

また、基本的に雛の組物となれば、段飾りしてなんぼと思うものですから、丁度6年前、それを成し遂げるべく実家の庭に収蔵庫を建て、保管先を田舎に移したというのに、いよいよ実行が現実的なものになるほど、雛段をどう組むかとか、具体的な問題に二の足を踏んでいるうちのコロナ騒ぎ。

それを幸いに先延ばしして来たのでしたが、それでも気長に段飾りを待って頂いていた年配者の方々の健康上の懸念などから、最初で最後、恐らく今回一度きりになるでしょうけれど、とうとうの実現に踏み切ったのです。

8畳間に、30もの大きな特注段ボール箱を土台にして、30×180㎝の桐板24枚で雛段を組んでは緋毛氈を敷き詰め、1段目から順々に飾り進めたのですが、2段目の五人官女を飾った時点で、これは民家に飾るには気狂い沙汰の規模だと思い始め、3段目の楽人を飾った時点で、果たしてあと2段が8畳間に入るのだろうかと、切実に危ぶんだのでした。

ともかく、何とか8畳間にピタリと入ったには入ったものの、襖を外さないと毛氈を前に垂らすことが出来ませんし、8人の楽人はジグザグに並べないと入り切らなかったなど、28人を飾るには、最低でも10畳大の雛段でないと狭すぎることを思い知ることになったのです。

1人での作業ゆえ、3日に及んだ飾り付けを経て、遠くは神戸や仙台から見学に来てくれた方々を雛飾りの部屋に招き入れると、先ず感嘆の声が上がりますが、多くの方は、暖房のない部屋にも関わらず、雛飾りの前から離れようとされません。

挙句の果てに、押入を取っ払ってしまえば、床の間を利用出来て10畳になるから、来年は是非そうしてくれ。いや、それよりも建て直してしまえば良いとか、勝手なことを言い出しながら、夥しい数の写真を撮って帰られます。

人形研究家の友人が、数時間雛飾りの前から離れずにいて帰る時間になった時、『これは、日暮しの雛ですね。』と言うのです。

時を忘れて見入るうちに、いつの間にやら日が暮れていた...というような雛飾りだというのです。

これ程の賛辞はあるまいと聞きながら、さすがに上手いことを言うものだと感心していたのでした。

雛段段ボール

雛段全体

雛段後から

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