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■ 近頃のこと

2025/10/31

『鳩の杖』考

『鳩の杖』というのを3本作って欲しいという、何とも興味惹かれる依頼が飛び込んだのですが、私は『鳩の杖』という存在も知らなかったのです。

『鳩の杖』とは、ステッキのような丁字型の頭部に鳩の飾りが付いた老人用の杖で、鳩が食べ物をむせないことにあやかり、老人が誤嚥したりせず長寿を全うされるよう願ったり、『鳩に三枝の礼あり』という諺があるように、子鳩が親鳥に敬意を表す姿から、親孝行の象徴に見立てたりの杖なのだとか。

とにかく、古代中国では老臣を労うために、宮中から下賜された杖なのだそうで、日本では80歳以上の功臣に宮中から与えられたばかりか、歩行に難のある老人が宮中内に上がる時に限って持ち込めた、唯一の杖との記述も見られます。

ステッキの2倍もある長い杖の先端に鳩が止まり、その少し下に笹が付いているのだそうですから、手にする際には丁字の部分を持つのではなく、横に伸ばした手の位置を掴むのです。

制作依頼の『鳩の杖』は、もちろん実物大の杖を作って欲しいというのではなく、『鳩の杖』という風習を有職飾りに替えた、僅かに5㎝の鳩が止まる杖をとのことで、しかも有職飾りとして私が頭に描く『鳩の杖』を作ってくれたら良いという、この上なく好意的な依頼なのでした。

直ぐに興味津々で作り始め、実物に倣って胸に少し頭を埋めた鳩にしたものの、いつもながらに本狂い風の鳩になりましたから、杖には絹糸を巻いて、笹も杖に直接植え付ける仕立てにしてみたのですが、どうもいけません。

実物の雛形でもありませんし、さりとて飾り物にもなりきれない中途半端さばかりでしたから、そこで有職造花のように梅の木を杖に仕立てて鳩を止まらせ、笹を植え込んでみたのですが、それでもシックリ嵌る感がないのです。

ならばと、いつも参考にして来たお気に入りの図鑑にある、少し首を伸ばした鳩の図を見本に、出来るだけ写実的な鳩を新たに彫り直し、図鑑の絵の通りに彩色を試み、杖も漆塗りのように黒塗りに仕立て、笹は紙包みして紅白の水引で杖に結びつけるなど、有職飾りに徹する『鳩の杖』に仕立ててみたのですが、駄目でした。

鳩がいけません。

実物の『鳩の杖』の鳩は、金属製とかの単色なのですが、こちらは有職飾りとして木彫彩色の上、取り分け見る角度で変わる喉の羽色が、私の技量では岩絵具で再現出来ていないという以前に、どうやら木彫彩色の鳩そのものが、『鳩の杖』には不向きなのかもしれないのでした。

折角の依頼だったにもかかわらず、期待に応えられず気の毒なことをしてしまいましたから、実は今でも、今度は奈良一刀彫のような鳩に仕立て、彩色も泥絵の具によって民藝風にするとか、せめて依頼者だけには満足のゆく『鳩の杖』をお届けしたい気持ちで、再度の挑戦を考えたりするのですが、やはり一度間を置いた方が良いのではないかとか、思い直したりを繰り返しているのです。

さて、閏月のせいなのでしょう、今年の重陽節は今月28日にもなってのことでしたが、記録的な猛暑から僅かに半月ばかりで、一気に炬燵無しで過ごせない季節に入り込んだというのに、庭の小菊は未だに蕾のままなのです。

丸い鳩

横向きの鳩

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