新年が明けて、もう半月も過ぎようとしています。
冬至を過ぎると、日毎に東の空の白むのが早くなり、午後、庭が陰るのも目に見えて遅くなって、干した布団を慌てて取り入れたりしなくても居られるようになるのですが、歳を重ねるごとに、それが月日の流れの加速さばかりに感じてしまうのは、いったい何故なのでしょう。
私は4月初め頃の生まれなので、以前はこうして日が伸び始めると、毎年何だか強迫観念のようなものに苛まれ始めたものでした。
日が伸びるというのと、誕生日が近付くというのとが合致してしまっていて、また何も掴めずに1年を過ごしてしまったとか、人生の方向すら得られずにまた誕生日が来てしまったとか、1年を無駄にした意識やら不甲斐無さのような気持ちに責め立てられて、やたらに気を滅入らせてしまっていたのです。
それがいつ頃からだったのか、ふと気付けば、日が伸び始めたところで気落ちさせられることなどなくなっていて、あれこれ振り返っても突き止められなかったのですが、案外有職造花制作が天職だと思えるようになってからのことでないかと考えるのです。
昨年最後の制作は、夏の装束をまとった、十二番という小さな親王立像をお持ちの丸平雛コレクターから、それを何らかの花の傍らに佇ませたいとの要望があり、ならば蓮の咲く池はどうか。男雛の着る黒紗の装束も映えるし、季節にも相応しいしと提案した蓮池の制作でした。
十二番立像というと背丈が15㎝程しかありませんから、蓮の花弁は2✕3㎝というサイズのもの10枚で一花を仕立てるのです。
白蓮を3つ、薄紅のを2つ、蕾を紅白1つずつにして、葉は6本の葉脈を渡したのを、開きかけの葉も含めて12枚。花弁も葉も、裏まで絹や和紙を貼ります。
水面を模して薄青に染めた絹を桐の板に貼り、そこに2色の蓮を植えて、根元に散り落ちた花弁を数枚置いてみれば、微かな涼風が寄せるような仕上がりになりましたから、そうやって年末の制作を心置きなく済ませられ、安堵して年を越すことが出来たのです。
年が明けた5日、随分久々に新規の方からの制作依頼が舞い込みました。
何でも、白砂の海辺に松が立ち、静かに波の打ち寄せる砂浜に、幾つかの貝が覗く光景を嶋台にして欲しいとのご要望だったのですが、それを読むなり頭の中に即座にプランが湧き上がりました。
湾曲した砂浜の形に桐板をくり抜き、それを土台に2本の松を植え、岩絵具の方解末を塗り重ねて白砂とするプランなのですが、洲浜台は尺三寸(幅39㎝)でとのこと。
浜辺に見える貝は、実物の小さなのを探してもらっているとのことでしたが、実物ではどうしても大きくなり過ぎるでしょうし、僅かに2㎝ちょっとのを木彫彩色で作らせて頂くことにしたのです。
とにもかくにも、あまりに興味をそそられた依頼でしたから、下拵えを始めていた小菊を一先ず置いて、早速制作に取り掛かったのですが、2本立てにした松には、絹スガ糸を括って作る、有職造花ならではの松葉のパーツが125も必要なのでした。
制作というのは、頭の中に一応の出来上がり図がありはするものの、あくまでイメージのことですから、実際に立体化して行けば大概その通りにはならないのが常なのです。
この方が自然で良いとか、この方が相応しいだろうとか制作の過程で変更されて進んで行くのですが、それが制作の醍醐味というものであり、その臨機応変さが制作する者の役得というものかとも感じているのです。
いつも通り、松はどの位置から見てもそれなりに見えるように仕立てましたから、どこを正面にして洲浜台に乗せるのとか、7つの貝をどんな配置に散らすのかは、依頼者の好みにお任せしようと、敢えて印などを付けるのはやめたのです。
昨年は、笹百合、高野槙といった初めて知る植物による制作やら、白百合の制作依頼を皮切りに、山百合や鬼百合の技法の習得に繋げられたりと、興味深く、意義深く、実りの多い制作に明け暮れさせて頂きました。
どうぞ今年も、引き続いてご覧頂けたらと願って居ります。