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■ 近頃のこと

2026/01/31

寿ぐ春に

もう半年も前になるでしょうか、夜中に喉が焼けるように痛み出し、こみ上げた胃酸のようなものがそれを逆なでして刺激するやら、突然のことに飛び起きたことがあったのです。

飴を舐めるやら胃薬を飲むやらしても、火傷のような痛みが治まらず、朝には大きな血痰が出たものですから病院に行ったのですが、CTスキャンとかしても原因は分らず終い。

とにかく、気道に何かの影があって消えないので、ガンの転移を疑って大事を取り、3年前の手術から通院しているガン研究センターに紹介状が書かれ、28日に検査入院したのです。

スタッフでごった返すような検査室で、麻酔も眠くなる薬も使った仰々しい検査でしたが、検査後病室に運ばれてから直ぐに起き出し、ベッドに座って報告LINEとか打ち始めていた私のところに、走り込んで来た若い担当医は、拍子抜けするほど明るく『大木さぁ~ん、な〜んでもなかったですよぉ~、全く。』と笑いながら言ったのでした。

な〜んでもないのに、日本中から患者の集まるガン研究センターのベッドを占領するのは気が引けるし、何と言っても置いて来ざるを得なかった猫が心配でなりませんから、そうとなったらサッサと帰ろうと思えば、それは駄目だというのです。

もちろん、入院費も2日分を払わせてもらうからと何度も迫ったものの、医師も看護師も聞き入れてくれません。

それでも、これでやっと白黒ついたのだしと、ベッドに入ったのですが、ちっとも眠くならないので、取り掛かっていた婚礼用の瓶子飾りのこととか考えていたのです。

瓶子飾りとは、もちろん三々九度の酒を入れる瓶子の口を檀紙と紅紙で包む『口包み』と、その上を有職造花で装飾する『口花(くちばな)』のことなのですが、丁度4年前、やがては結婚するだろう息子さんのため、嶋台を皮切りに、押台、富貴の台、控台の肴台(さかなだい)3種から、長柄の銚子と加えの銚子に、婚礼がいつ行われようと対処出来るようにと、それぞれ12ヵ月の有職造花24種の銚子飾りまでを誂えられた方からの依頼なのです。

何とこの度結婚が決まったのだそうで、そうなると瓶子飾りも揃えたくなったと連絡を頂いたのでした。

これはどうしても何かお祝いをと考えて、直ぐに思い付いたのは、結納に使われる『熨斗鮑(のしあわび)』の復元でした。

結納セットにある熨斗鮑といえば、今は黄色のビニールのような素材を紙包みしたものですが、熨斗鮑は本来、アワビの肉をリンゴの皮を剥くように長く削いだのを乾燥させて束ねたものなのです。

あの黄色いビニールは、本物の熨斗鮑とは似ても似つかないものにもかかわらず、本物は高価には高価だし、何よりもあのビニールのが何を模した物なのか、知る方、知ろうとする方も居ずに、結納セットの決まり物として見過ごされて来たのでしょう。

けれど私は、着物の吉祥文様としてなど、今でも密かに息づく熨斗鮑を、有職造花の様式の上に復元したいと長い間思い続けていたのです。

削いで干したアワビの素材に、最初は上等の純白な干瓢を代用するつもりでいたのですが、カビの問題やらに気付いて考えあぐねていた時、思いがけず送られて来た真新しい苧(麻)を見た瞬間、ああ、これだと閃いたのです。

伊勢流の包み方に従って紙包みし、装飾を加える意図から、本来は用いないらしい水引も敢えて飾って完成としました。

さてさて瓶子飾りには、厳かにシンプルに、若松だけを立てる予定でいたものの、見事に婚礼儀式の道具を揃えた、100年前ですら殆どお目に掛かれない稀有な婚礼のことですから、瓶子も華やかな松竹梅で飾ることになったのです。

梅の花の頃に梅を仕立てる。
春めく空の下に、寿ぐ春を仕立てる。
勝るものなどありましょうや。

熨斗鮑

松竹梅2本

松竹梅

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