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■ 近頃のこと

2026/02/04

厄介な思い込み

早くも1月が過ぎて、雛人形の節句商戦も殆ど終わりを迎えたことでしょう。

YouTubeでは、雛飾りを求める若い夫婦やらが登場して、その雛選びの光景が流されているのを見ると、もはや伝統工芸などという範疇の代物でも、求め方でもありませんから、遅かれ早かれ節句人形などというものは、行事共々消えてゆくのだと思わざるを得ません。

それは節句人形に留まらず、あらゆる伝統工芸に同じで、有職造花などはその最たるもの、現代の住空間に飾る場所などありませんし、消え失せたところで社会に何の影響も及ぼさないどころか、気付かれもしないでしょう。

以前からここでも何度か書いているのですが、藤原定家の歌集『拾遺愚草』の中に、1年12ヵ月の花と鳥を詠んだ歌があり、それを元にして描かれた屏風とか、尾形乾山による陶器とか幾らもある他に、有職造花にも、その花だけを平薬の図案にした粉本が御所に残っていたり、恐らくそれを写したのだろう図案も、京都の造花職の家に残されたりしているのです。

更に、『懸物図鏡』という、江戸で出版された版本に見られる図案は、12ヵ月の歌の内容には全く頓着せず、月毎のモチーフとされた花と鳥を1つの平薬に取り込んだものなのです。

そもそも月次図というのが一般的に好まれたのは、先ず身近で分かり易く、六曲一双12面の屏風に当て嵌められたとか、組物とするのに都合が良かったというのが基本だったでしょうけれど、有職造花での12ヵ月飾りは、公家に生じた飾り物という触れ込みで、大名をはじめ、羽振りのよい武家、又、豪商相手の商売に、数も稼げる高級志向の高価な売れ筋商品として成り立ったのでしょう。

それは、有職造花の伝統がどうのとか、何のかの言ったところで、時代の変遷に関わらず、有職造花がそうした商品になり続けられたことが、有職造花自体の存続させた証明にまで繋がって思えるのです。

工芸品としての価値によって存続したというよりも、節句や婚礼に欠かせないものとして、それを商う商人と結び付くことが出来たが故に、生き延びられる糧が得られたということです。

定家12ヵ月の歌にしても、決して褒められたものではない、言わば生業和歌とでもいうべきどうでもよいような歌にも関わらず、思わぬところで重宝されて面目が立ってしまったというところなのかもしれません。

さて、その1月の歌に取り上げられた花と鳥が、柳と鶯なのです。

しかし、柳では他の月の花に比べて著しく負けてしまうので、新年のことでもあり、松竹梅にしたとの注意書きが書かれているのですが、このことでも『売らんがため』との思惑が明らかなのです。

それはともかく、私は『御所の粉本からの写し』と『懸物図鏡』の図案から3種類の松竹梅を復元し、それとは別に私の考案した図案によって、柳に鶯の平薬も作ったのですが、ふと先日、私の図案は根本的に間違いだと気付いたのです。

柳と読んで、即座に葉の茂った様を思い浮かべてしまったのが間違いの始まりなのでしょうけれど、それ以前に、身近に柳の木に恵まれなかった私は、柳の花というものに、あまりにも馴染みがありませんでした。

鮮やかな黄色の新芽のようなものが幾つか、柳の葉の間にあるのを見たのは三十代の終わり頃でしたか、その美しさに打たれたのでしたが、それが柳の花の名残りだと知ったのは、ずっと後のことなのです。

しかしながら、思い込みの発端はといえば、そもそも定家の歌からなのです。

定家の歌は『打ち靡き春来る風の色なれや日を経て染むる青柳の糸』ですから、到来した春風に染められる如く、日に日に緑を増して柳の葉が靡くというのです。柳の花を詠んだ歌ではないのです。

柳に鶯の平薬を作った時、既にそれが柳の花だと知っていたのですが、『打ち靡く青柳の糸』という歌から、黄色の花が主役だと思い得ず、頭の中では依然として青々と靡く柳の葉が主役のままで、早春の鶯を季節外れにしたままでいることにも気付けず、違和感を持ち続けながらも、思い込みから抜け出させなかったのです。

花の歌と鳥の歌は全く別の内容で関連など無く、共通するのは唯一『季節』のみなのだということに、先日ようやっと気付けば、異なる2つの和歌に在る花と鳥を1つの平薬に構成して良い条件は、季節を合わせることだけなのだとも気付かされたのでした。

1月の鳥のモチーフは、春の到来を告げに柳に飛び来た鶯なのですから、柳の状態も早春でなければならず、ならば柳の葉は芽吹いたばかりの最小限で、鮮やかな黄色に輝く柳の花こそ満開にしなければなりません。それで柳に鶯の平薬が成り立つのです。

もし、もう一度『柳と鶯』の平薬を作り直す気になれたならば、鮮やかながら穏やかな黄色に絹を染め上げ、それで作った柳の花房毎に、ほんの1枚だけ芽吹いたばかりの若葉を添えて、今度こそたわわに咲く柳の花を主役にした平薬を仕立てましょう。鶯もさぞ映えることでしょう。

寒い寒いとは言いながら、空も庭に溢れる光も、確実に春めいて来ました。
今朝も大勢の雀が待っていてくれますから、1人庵に暮らす一茶よろしく、私も米を撒きに参ると致しましょう。

柳1本

鳥

平薬

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