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■ 近頃のこと

2026/07/07

銚子飾りと貝合わせ

今年の梅雨は、蒸し暑くもなく、じっとりとした湿度に悩まされることも少なく心地良いものの、それだけ何だか恐ろしいほどの速度で月日が過ぎて行くように思えてなりません。

ふとした弾みで、貝合わせの絵付けを引き受けてしまったものの、よくよく絵を描くのが苦手な私は、いつも以上に絵の具に触れる気になれず、図案のヒントを得るため図書館に行く足も動かず、毎日焦りばかり深めて2ヶ月もグズグズしてしまっていたので、それが時間の経過を早く感じさせるのに、更に拍車を掛けたのかもしれません。

貝合わせは、そもそも王朝の遊びでしょうし、基本的な美感もそこに尽きると思いますから、私が図案として考えていた、江戸琳派である酒井抱一の洒落た小品の部分やら、まして私のオリジナルでは、先ず『都の香り』というものとは異質に過ぎてしまうのではないかとの懸念ばかり膨れ上がって、とんと行動に移せなかったのです。

その間、どうしたわけか銚子飾りや瓶子飾りの依頼ばかりあって、若松に松竹梅とかヤブコウジとかの有職造花ならば、さっさと取り掛かって、さっさと完成させてしまえたものですから、やはり私の専門性は有職造花にこそあるのだろうと、改めて実感せずにいられなかったのでした。

これまで随分様々な銚子飾りを作って来たのですが、今や三々九度に使われる長柄の銚子といったら、注ぎ口が前後にある物ばかりなのでしょうけれど、本来は片口の銚子でなければならず、両口の銚子を使う場合には、注がない側の口は紙で包まなければならない決まりがあるのです。

貝合わせの絵付けに取り掛かれず悶々として、日がな一日YouTubeばかり見ていたある日、沖縄の粟国島(あぐにじま)を舞台にした、『洗骨』という映画を見つけたのです。

粟国島は、沖縄本島から60㎞ほど離れた離島ですが、もう20年以上も前になるでしょうか、真夏に3年間続けて渡島して、とんでもない透明度の海を泳ぎ回っていたものでしたから、フェリーから見る島全体の景色に胸が熱くなったり、キビ畑の道が舗装されていたりの変貌ぶりに驚いたりしながら、映画を観ていたのです。

若くして亡くなった母親の洗骨の最中に、臨月を迎えていた娘が破水してしまい、洗骨している海辺で産まざるを得ないことになるのですが、妊婦を持ち上げようとしてぎっくり腰になってしまった、逞しさの権化のような伯母の指図で、実父が取り上げる事になるのです。

その手を洗うのに、柄杓で水を掛けてやれというシーンで、伯母は『出産は祝い事なのだから、決して外側で水を掛けてはいけない。必ず内側で掛けなさい。』と言うのです。私はその台詞にハッとしてしまいました。

内側とは、柄杓を右手で持った場合、手の平側をいいますから、長柄の銚子で三々九度の酒を注ぐ時と同じなのですが、洗骨での水掛けと同じにするなと言うのですから、洗骨ではその反対の外側(手の甲側)に柄杓を傾けて水を掛けるのでしょう。

というのは、内側とは『この世(生者の世界)』、外側とは『あの世(死者の世界)』を意味し、内側で水を掛ける(注ぐ)のは、生者の世界の行為であり、外側で水を掛ける(注ぐ)のは、死者の世界に関わる行為なのですから、長柄の銚子が両口である場合に、必ず外側の注ぎ口を紙で包まなければならないとしたのは、『あの世』に通じる口を封じるということだったのではないかと思ったのです。

恐らくこうした発想での決まり事は、日本ばかりではない、様々な地域に共通したのでしょうけれど、それはもう殆ど消えて久しいのが今なのだろうと思うほど、現代社会の味気なさ、つまらなさばかりを今更のように感じてしまったのでした。

さて、貝合わせの絵付けですが、2ヶ月もサボって気持ちが沈む一方だったのに、いよいよこれでは駄目だと奮い立たせてやっと出掛けた図書館で、いくつかの図案を撮影してきて絵付けに掛かったのでしたが、始めてみれば結構面白かったのです。

小さな貝桶1つに、絵付けした幅3.5㎝の貝を5粒ずつ入れて1対にするのを3組分ですから、10種類の図案を、箔押しした60面に描くのですが、とりあえず一組を絵付けしてみれば、思いの外貝合わせの美感から逸脱することもないように思えたのを良いことに、2組目の絵付けでは、鼠に蕪を齧らせてみたりと遊び始める始末。

難産だった割には、銚子に乗るのばかりやたらに早くて呆れてしまいますが、人生などこのくらいの方が面白くていいやってことです。

実はまだ、屏風を描く依頼を放り投げたままでいるのですが、また暫く重ねた絵皿を布で覆って、お休みを頂く事にしてしまいます。

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