有職造花と出会ってからほぼ40年の今までに、檜扇に付ける僅かに1.5㎝程の衵(あこめ)の花から、高さ158㎝、幅200㎝、奥行141㎝にも及んだ染井吉野の立木、200作に及ぶ平薬など、随分と大小様々な有職造花に挑戦し制作して来たのですが、近頃ではほんの1枝の一輪挿しがメインで、私の有職造花の特性と適性そのものに思えた平薬制作もとんと影を潜め、昨年9月を最後に1つも作っていないのです。
もう2年近い前からになりますが、幾人かの方々から、瓶子に飾るのにとか、竹筒の花器に活けるのにとか、儀式で使いたいからとか、揃って花など数輪だけの極めて清楚な、どれもが一輪挿しにこそ相応しい有職造花の制作依頼が、決まって1本ずつ、ぽつりぽつりと入るようになっていたのです。
いつの間やら、それらは一輪挿しシリーズとでも呼んで相応しい31種にもなっていたのですが、それには初めて作る花が幾つも含まれていて、私に初挑戦の機会を与えてくれる貴重な依頼にもなっていたのです。
勿論、どの季節に当てはめてよいやら微妙なものもあるのですが、画像に残るものを整理してみると、ざっと以下のように挙げられます。
春→菜花と桃花、染井吉野、山桜、菖蒲草、杜若、牡丹、山藤、楠紅葉、羽根付き青楓
夏→沢瀉、額紫陽花、七夕、白百合、笹百合、ツユクサ、ドクダミ、撫子
秋→藤袴、桔梗、紅葉、白菊、黄菊に吾亦紅、彼岸花、ススキ、銀杏、粗樫(アラカシ)
冬→紅梅白梅、水仙、南天、高野槇、紅椿
この中で、初挑戦だったのは、菖蒲草、楠紅葉、額紫陽花、笹百合、ツユクサ、ドクダミ、藤袴、吾亦紅、粗樫、高野槇の10種類でした。
ツユクサは、これを書いている前々日に出来上がって、前日納めたばかりなのですが、何しろ庭の隅に咲いている最中ですので、細い1本だけを摘んで来て、それをデッサンによって観察しながら作ることが出来たのです。
朝露の降りた瑞々しい緑の草むらに、ポツンポツンと鮮やかな青い花を数時間だけ咲かせるツユクサは、カラスノエンドウと同様に、以前から作ってみたいと惹かれながら、自信の無さと、何となしの気後れで二の足を踏み続けてきた野の花でしたから、依頼は私の背を押す好機であり、転機なのでした。
ツユクサの花は、帆を立てたような2枚の花弁と、その内側に歯車のような直径1㎜程の黄色い雌蕊(?)、そして細い細い雄蕊数本の構成なのですが、実物大で作るにも一番細い針金を使って尚、絹糸を巻くことにより、どうしても太く、爺むさくもなってしまうのでしたが、そうした物理的な無理には目を瞑って頂くことにして、いつもの如く『それらしく』仕立てたのです。
いつも思うのですが、ツユクサをはじめ、菖蒲草、高野槇、笹百合、ドクダミなど、きわめて特殊な花の制作は、殆どと言って良いくらい『ただ1回だけ』のことで、再び作ることなど先ずありませんでしたし、そうした平薬も数多くあるのです。
勿論、笹百合の制作時のように、寸法出しから何度ものやり直しによって、百合の花自体の構造が掴められたことによって、山百合、鬼百合まで生み出されたケースもあるのですが、製法が手についた有職造花の応用で出来てしまうものならば、一発勝負あるのみなのです。
そうした1回きりの制作は、所詮試作品の域を越えないのではないかと言われれば、なるほどそうかもしれないのですが、私が2度作らない、或いは作る気になれないというのは、有職造花で作られたことなどなかっただろう、また、今後もないだろう、とりわけ珍しい花への挑戦であるほど、最初に臨む新鮮な心持ちが2度と蘇らないことを痛感させられていたからでもあリました。
長く創作活動を続けていると、自分の力だけでは新たな創作に行き詰まるものです。あくまでもマンネリというのではない、自らの発想だけで制作して来たからこそ、発想の枯渇を疑い、資質の水準を問い直し始める時期が避けられないというのでしょう。
それを知らず知らずのうちに救いながら、或いは最終的に行き着く先を示してくれていたのが、一輪挿しシリーズなのかもしれないと思い始めているのです。小品にこそ、作り手の歩みが凝縮されてある、烏滸がましくもそうあれたならと思い始めているのです。
大きな邸宅を建ててみたいとなど既に微塵も考えず、小さな庵に見えない贅と工夫を尽くす方が面白い、そんな感覚を実感し始めている近頃なのです。