小御所襖絵の模写を基本にして、9月の半分ほどを費やして描いた、高さ54㎝の雛屏風でしたが、何だかやたらに評判が良かったのです。
それで終われば万々歳だったのでしたが、色々な経緯から、その屏風と同じ物をもう一双、今度は二尺の雛屏風に仕立て上げなければならない羽目になってしまったのです。
決して『豚もおだてりゃ木に登る』よろしく、勘違いしたまま嬉々として引き受けたわけでは全くないのですが、それで10月はまた半月近く、雛屏風描きに悪戦苦闘していたのです。
一双の左4面と右4面は、前のと同じに遠山に朝日と、所々満開に桜の咲く遠山なのですが、真ん中の4面を線描きする段になって、小御所の襖絵にあった富士山をふと思い出したのです。
金地に青雲を棚引かせた向こうに、雪をかぶった紺青の富士が頭を見せている図なのですが、多少の辻褄合わせをすれば、富士にたなびく青雲を左右の青雲と連結させられそうでしたし、何よりも前作は、依頼者のご希望で、松に絡んで咲く藤のリクエストがあっての図柄でしたから、同じものを描くことが憚られて、盲蛇に怖じずのたとえ通りであろうと、富士山を選択したのでした。
金箔や金彩を尽く省いては白地に紺青を際立たせるように富士を描き、マスキングテープを使った白線引きも少しは手慣れて、結果的には結構面白く出来たのでしたが、先ずは義理を果たせたのが一番の安堵なのでした。
話はすっかり変わるのですが、私は昔から、腑に落ちないこととか、何らかの疑問が解決しないと、何十年もそれを頭の引き出しに入れたままでいるので、何らかのきっかけから、ある時突然その疑問が解けたりするのです。
夏目漱石も、『硝子戸の中』だったかで、友人と歩いていた時に、目の前に色付いた葉が落ちた瞬間、その友人が突然『あ、分かった...。』というようなことを口走ったという話があったように思うのですが、少なくとも文系の学問の世界でも、そうしたことは蓄積された知識に導かれた、突然の合致という『ひらめき』として、多々あることに思います。
以前に書いているのではないかとは思うのですが、親交のあった江戸風俗などの第一人者であった故花咲一男さんなど、ずっと解決しないことを70数年も追い続けておられたのでした。
安藤広重が『1日に千両落ちる』という、吉原、魚河岸、歌舞伎の3つを1枚の短冊に描いていて、短冊の右だったか左だったかに、團十郎の『暫』の袖が見え、もう片方には魚屋の天秤棒、真ん中には、男女2人の禿(かむろ)を従えた花魁道中の後ろ姿が描かれているのですが、その男の子の禿が頭に置いている、手拭いを畳んだような物が何なのか、それが分からないのだというのです。
他にも、徳川歴代の将軍や側室の埋葬が座棺であるのに、和宮だけは寝棺であることから、そもそも公家は寝棺だったのではないかとの疑問追求はまだ良いのですが、よりにもよって、男性器のくびれの部分を『かり』と呼ぶようになったのは何時からだったのかなどというのもあって、『でも花咲さん、そんなもんが証明されたとこで、社会に何の影響もありませんよねぇ。』と、2人で大笑いしたのです。
何故こんなことを書き始めたかと言うと、認知症で記憶の維持が1分も無かった母は、介護用のおむつを抵抗もなく履いてくれたのでしたが、それにしてくれることは決してなかったのです。
ですから、毎晩のトイレ介護は常に20回を超え、酷い時は、夕方の6時から朝の6時まで40回に迫ったことすらあったのでしたが、私はそれを戦前の女学校教育を受けた者のプライドによってこそ、布団に寝たままで垂れ流すなど、決して容認出来ることではなかったのだろうと思いながらも、疑問を残したままでいたのです。
それがつい数日前、記憶出来ない認知症の話をしていて、例えて言うなら、流れる川を眺めていて、目の前を過ぎて行った川面が二度と戻ることはないようなものだと話した瞬間、あ...と気付かされたのです。
何度土下座して頼もうと、母が決して紙おむつにしなかったのは、プライドとか淑女教育の賜物などという類の代物ではなく、介護用のおむつをしているという記憶が出来なかったからだったのでしょう。
何の抵抗もなく、平気で寝小便の出来る大人がどこにいるのか、私はそれに気付けなかったのだと、亡くなって10年もして気付いたのです。あらゆる行動は、記憶を出発点にされている...まがりなりにも記憶出来ている者には、それが分からない。
しかし、分かったところでどうにもならなかったと知るのが、疑問の解決なのでした。
一輪挿しに使われるのか分からないのですが、30㎝ほどの寸法で、六分咲きの源平梅(同じ木に紅白の花を付ける梅)を作って欲しいと、何とも楽しい依頼が入りました。
右に細い枝を長く伸ばした梅の小枝を選んで、白7つ、赤5つばかりの花を植えましたが、いつもこうしたご依頼をされる方ならでは、私の意図を直ぐに汲まれたらしく、蕾1つないその細長い枝に目を留められた感想を送って下さいました。
そんなこんな、今年はとりわけしみじみと迎えた霜月なのです。