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■ 近頃のこと

2014/05/29

黄菖蒲と吹き流し

小学校の通学途中に咲いた黄菖蒲は、小さな用水池の水際にあったのです。鮮やかな黄色は場違いなほどで、どの花の黄色にも属さないような独特の質感に見えました。
花自体が、通俗と稀少の境目をぎりぎり綱渡りしているように感じたものです。

その当時、田植えの時期となると、用水の確保からなのでしょうが、田んぼから小さな川に流れ込む堰が塞がれたのです。日に日に水は溜まって行き、暫くするとずっと先の土手に走る線路の手前までも、にわか造りの湖のようになるのでした。
言わば年中行事のそれは、子供にとっても待ち望んだ時でしたから、もう水に入っても濡れても、冷た過ぎるほどの時期ではなくなっているので、水に埋もれてしまっている田の畦を歩いたり、休みの日などは一日中そこで遊んだのです。
面白いもので 、浅く水没した畦に立って、通り過ぎる風に小波が流れる足元を見ていると、まるで自分が流されてゆくような感覚になって目が眩み、バランスを失ってしまうことがあるのです。そうして溜まった水の中に嵌まって、大笑いになるのでした。
そんな水面は鏡のように地上の風景を映すのですが、一際鮮やかに映し出されたのは、子供の生まれた家に立てられた鯉のぼりだったのです。
10mが当たり前だった当時の鯉のぼりといったら、少しばかりの風では泳ぐこともなく、キラキラと輝く真新しい矢車の下にだらりとぶら下がっていたものでしたが、何しろ手描きの鯉でしたから、真鯉も緋鯉も腹が黄色なのです。それに吹き流しの五色も加わって、その色彩が水面に映るのです。その黄色が、水際に咲いた黄菖蒲と重なってしまうのです。
何か鳥でも彫って組み合わせようとしたのですが、出来上がってみればもうこれだけでよい...と思ってしまいました。何の変哲もない平薬ですが、『水際』と名付けることで思いが遂げられたように安堵してしまったのです。だってこの五色糸といったら、まるで水面に映った吹き流しに見えるのですから。

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