『梅椿鶯』という早春の平薬を作って気に入っていたものの、派手なゴテゴテさがどうにも耐え難くなって、先日とうとうバラしてしまったのです。最初から気に入っていい気になれているようなものは大概ダメなもので、直ぐに見るに堪えなくなって来るのです。
植え付けてあった三色の梅と椿全てを引っこ抜いてしまえば、木組み自体は悪く思えなかったので、鶯が真上になるような位置に角度を替えさえすれば、新たな早春の平薬に仕立てられるだろうと目論んだものの、ではどんな花で構成しようだとか、まるで浮かんでは来なかったのです。打つ手が無くモヤモヤしたまま半ば諦め掛けていたある日の明け方、夢の中でその平薬を手にした自分があれこれと試行錯誤しているのです。どうしたわけか平薬の左側からやたらに強い風が吹きつけていて、平薬の下方に若松を植え付けようとするのですが、どうしてもその強風で右斜めになぎ倒されてしまうのです。ところが、それが良いのです。平薬に加える一つには若松が相応しく、しかも右斜めに押し倒して植えれば良かったのか!と気付いて、夢の中で小躍りしたのです。
目を覚ますなり検討してみても、なるほどと思うばかりでしたから、これでやっと制作の目安が立ったと、その日のうちに若松を仕立てて夢の場面のように植え付けてみたのです。すると、ならば右には枯れて乾燥し尽くしたススキを置こうだとか、枝はやはり梅に見立ててまだ固い蕾を最低限だけ付けようだとか、そこに一輪だけ白梅を咲かせようだとか、その枝に蔓を何本か絡ませようだとか、後から後から構想が涌き出し始めたのです。
最後の仕上げに、寒の戻りの遅雪をうっすらと枝に積もらせて完成させることにしたのですが、ならば鶯が止まっていることでもあるし、唱歌『早春賦』に見立てての歌詞から『春は名のみの』という題名にしようとまでとんとん拍子に決まったのでした。
『春は名のみの風の寒さや 谷の鶯、歌は覚えど 時に有らずと声も立てず』というわけです。
飾り物としてはとても地味なものですし、とても買い手がつくような平薬などではないのでしょうけれど、そもそも私はこういう平薬が好きで、また得意なのです。そして、こうしたものほど私ならではの平薬というものではないかとも思っているのです。
プランがまるで思い浮かばずモヤモヤし続けていたとはいうものの、思い返せばたかだか一週間程度のこと。その間、総丈一寸と一寸五分の若松を10本とか、采女人形の絵元結や櫛といった小道具の依頼をこなしていたのですから、手持ち無沙汰だったというわけではまるでなかったのですが、難産の末に夢のお告げによって新しい平薬が出来上がったのは昨日の事だというのに、次の平薬プランが浮かんで来ないと、実はもうモヤモヤし始めているのです。