このところ、能面のミニチュアを彫っていました。
菊慈童を演じている、若い能役者の人形が付ける面(おもて)なのですが、尺二寸(額まで36㎝)という人形の面ですから、4×4.5㎝程の小さなものです。能面というので、最初こそ緊張があったものの、結構楽しんで木彫り彩色出来たのです。
能面の写しというのは非常に厳密なようで、あたかもCTスキャンの如く、縦横様々な位置で輪切りにした顔のアウトラインをくり貫いた木型に合わせながら彫って、寸分違わずに造り上げなければならないようです。彩色も古色を施して、時代を経ているように仕上げなければなりません。
勿論私にはそんな技量はありませんし、そうした決まり事を『押し付け』のようにすら感じるのであっては、たとえミニチュアといえど、能面を彫る資格も適性もまるで無いというものでも、興味は興味。
ましてや、お能に詳しい方からの依頼なのですから、写しを引き受けるとなれば、身の程知らずにも程があるというものですから、あくまでも人形の小道具で、能面の写しにはならないことを千度確認して、引き受けたのでした。
菊慈童には童子の面が使われますが、そもそも能面というのは、人の顔をした面ほど、この世の者とは思えない、怪しげな妖艶さを見せているように思いますし、それ故最も魅力に溢れ、そして最も造るに難しいものではないかとも思うのです。
何百年も生き続けているという菊慈童ですから、紛れもなく妖怪の部類なのでしょうし、それに使われるほどの童子の面だからこそ、興味引かれてしまったというわけなのです。
そんなこんな、何とか造り上げた面なのですが、柔らかな桐材に何時もながらのカッター1本では、5~7㎜しかない目や口元がきっちり彫り上げられなかったりとか、とりわけ仕上げなど素人そのものなのです。
それを完成品として渡すのに、些か図々し過ぎる気持ちはあったのですが、しかし依頼された方は、実際の舞台でも上手く写された面ほど何の面白味もなかったりするものだし、童子の面から受けた印象でストレートに造り上げられていることこそ、玄人のそつが無く端正な完成度の仕上がりにはないものなのだから、人形に仕立てたらきっと面白く出来上がるのではないかと仰います。
なるほどこの面が、肩まで覆われる程の黒髪の下に覗くわけですから、あたかも暗闇に薄ぼんやりと青白い顔が照らし出されたようになって面白いかもしれないと思いながら、やはり安堵もしたのでした。
出来上がったら写真を送って下さるとのことでしたので、私も完成を楽しみにしているのですが、もう能面には手を出さない方が良さそうだと、反省もしているのです。