以前ここでも紹介した五節句飾りは、尺三寸という大きな五人官女の小道具として作り直した物ですが、それをどうしても欲しいと言われる方が居られたのです。
七夕花扇などは簡単に出来るものではないし、出来上がりには寸法を始めとしてとても気に入っていたのですが、作り上げたものはその時から過去の産物になるのだし、『ものつくり』は過去の制作に満足してはならず、絶えず先に進む姿勢でいなければならないと思い返して、五種類全てをお渡ししてしまったのです。
官女が五人というのは、そもそも五節句を象徴させてのことで、絵元結もその季節なりを描いて結んであります。最初は、五節句に因んだ有職造花を三宝に載せて持たせていたのですが、請われるまま自分用の一組まで譲ってしまった後に、その代用として思い付いた縮尺での五節句飾りを随分凝って作ったのです。
しかしながら、人日と上巳については、端午の『真の薬玉』、七夕の『花扇』、重陽の『茱萸嚢』というような、その節句ならではの有職飾りがあるわけでは無く、とりわけ『掛け蓬莱』など正月に相応しい飾り物というだけで、七草に因んだものではまるでないのです。
『流水桜橘』にしても、雛人形の桜橘を象徴しての平薬なだけなのですから、この二つについては、謂わば苦し紛れのこじつけとでもいうべきものなのです。
かつて京都文化博物館で催された『京の五節句』という展覧会の図録に、中島来章の『五節句図』という五幅があり、人日には、春の七草を竹籠に入れた『七草籠』というものが描かれているのです。恐らく、京都辺りの風習だったのでしょう。
知り合いの寿司屋が穴子を煮る時、粗い目の浅い竹籠というか、竹の網といっても良いような、端をかがらない道具に穴子を置いて、煮上がると長くバラけた竹の端をひょいひょいと手繰って引き上げていたのですが、『七草籠』とやらの竹籠の作りといったら丁度その道具のようなもので、その籠自体も興味深く見ていたのです。
折りに付けその図を目にしているうち、いつか有職造花の七草で再現してみたいと思うようになったのですが、竹籠ばかりは自分の手に負えず十数年過ぎた頃、たまたま見つけた竹細工店の職人にその絵を見せて、雛の前に置く小道具としてミニチュアが欲しいのだと伝えると、見たことも作った事もない上に、大きさが難関で自信はないけれど、何とかやってみましょうとの協力が得られたのでした。
出来上がったという知らせに駆けつければ、自分の技術ではこの大きさまでだったと言われて渡された竹籠は、なるほど小道具には少し大き過ぎるように思えて仕舞い込んでしまっていたのでしたが、久しぶりに取り出してみれば、尺三寸の官女には縮尺も申し分なかったのです。
早速春の七草を調べてから、すずな(蕪)とすずしろ(大根)は根菜部分を木彫り彩色で作り、後のものは有職造花の事で質感に合わせた生地と鏝当てによって誂え、それを白木の土台に固定して竹籠に収めたのです。
何と言っても飾り物の事ですから、はこべら(ハコベ)となずな(ペンペン草)は、色合いのアクセントを重視して蕾を強調し、ナズナなどペンペンの部分だけを作って中央に突き出たせたのです。良く見えなくて残念なのですが、とりわけ蕪(すずな)は可愛らしく出来ています。
さて、何とも季節はずれに出来上がったこの『七草籠』は、籠自体も中身も実に軽いものですので安定が良くありません。目立たないように底を付けるか、それとも白木の板の上に据えて飾り物を強調するか、暫く出来上がりを楽しみながら考えようと思っているのです。