尺三寸の官女に持たせる上巳の有職飾り探しには、ほとほと手こずったものの、色々と文献を当たって行き着いたのは、結局また2000年に京都文化博物館で催された『京の五節句』の図録だったのです。
そこに以前から注目していた着物があるのですが、五節句に因んだ飾り物や風習を文様にしてあって、もちろん七草籠や梶の葉に蹴鞠なども描かれていますし、茱萸嚢など何種類もあって、そのどれもがなかなか魅力ある図案なのです。
中でも、松竹梅と薬玉を真の薬玉のように五色糸で仕立てた飾り物の絵は見たことも、考え付きもしない発想でしたし、それだけはいつか作ってみようと折りにつけ見ていたものなのでした。
今回、上巳の有職飾りを探すうち、そういえば...とその着物を思い出し、上巳にはどんなものが描かれているかと見れば、手提げの付いた竹籠に貝と海藻を入れた図柄がありました。
上巳の節句を表すものとして海藻と貝をモチーフとした図柄は、五節句を文様とした袱紗や色紙にも目にしていましたし、かつて40回以上も通った宮古島には、旧暦の三月三日(サニツ)に潮干狩りする風習があり、それこそ王朝時代の慣わしが宮古列島という末端の地域に受け継がれたのではないかと思いながら、大潮と重なる春の行事は、季節や潮の周期にも合致しているのですから、有職の範疇のものとして、これだ!と思ったのです。
意外にも、相談していた人形研究家の友人からは『今ひとつ...』と賛同が得られなかったのですが、ともかく貝だけでも作ってみようと何種類かの貝を木彫り彩色してみたのです。サザエなどとても可愛らしく出来上がったのですが、南の島ならともかく、潮干狩りでサザエなど獲れる筈もないのですが、知識の貧困さはさて置いて、見映えと制作の興味から躊躇もなく加えたものなのです。彩色も、貝類図鑑によって色彩の対比を優先させたのです。
有職造花で海藻を作るなど前代未聞でしょうけれど、それはそれで随分楽しく珍しかろうとは思うものの、所詮絵空事ということなのか、着物に描かれている海藻を特定出来ないのです。
有職文様からすれば『みる』なのでしょうけれど、針金と絹糸でどうやって作れば質感まで満たせるのかどうもピンと来ません。仕方なく、『みる』によく似ているので、宮古島でよく食卓に載った『うる(ツノマタ)』という海藻にしてみたのです。コリコリとした歯触りで、ツナ缶とポン酢で和えたりしてサラダのように食べたものでした。
竹籠と同じサイズに仮の容れ物を作り、出来上がった貝や海藻を入れてみるとなかなか面白いようです。官女に持たせた時を思い浮かべると、手の表情だけとっても工夫には興味が尽きません。そうなると海藻の種類も増やしたり好き勝手なものですが、さてさてどんな風に収まるやら。ともかく竹籠を作ってもらおうと気を急かし始めているのです。
しかし、人日→七草籠、上巳→貝籠、端午→古今要覧所収真の薬玉、七夕→梶の葉に蹴鞠、重陽→小菊の茱萸嚢と、こんな組み合わせの五節句飾りは絶対にお目に掛かれないでしょう。
私の酔狂も佳境に入ったものだと、そのマニアックさに一人でご満悦なのです。