この平薬に目を留められた方から、秋の虫をどこかに止まらせるわけにはいかないかとお話がありました。しかし、昆虫を作るのは一筋縄ではいかないのです。
今春からいくつも作った蝶も昆虫には違いないのですが、蝶の場合は羽根がメインであり、いわば全てでもありますから、胴体をしっかり作らなければならないにしろ、脚がなくても差し障りがないため、どんなに小さかろうと制作に問題はないのです。
ところが、鈴虫とかウマオイとかの昆虫となると、強い後足が無いのは蝶に羽根がないようなものですし、更に、後足だけ付けたところでどうなるわけでもなく、6本の脚は絶対的に必要不可欠なのです。
当たり前の話ですが、昆虫の脚にはあたかも筋肉のようなアウトラインがあります。本体がほんの2cm程の大きさだと、強いバネの後足すらその再現がままならず、それ以外の脚といったら1cmにも満たないのですから、到底細工など及ばないのです。
それやこれやはともかくとして、考えてみれば折角満月の登った秋の野がモチーフなのですし、なるほど虫の一匹も置いた方が気が利いているというものでしょう。提案された方は、初秋に美しい鳴き声を響かせる虫をご所望だっただろうことは重々承知しながら、ハッとして頭に現れたのは、満月に向かって斧を奮う蟷螂(カマキリ)の姿だったのです。もう代えようがありませんでした。この上に置こうという位置にある葛の葉の大きさからすると、蟷螂の胴体は6cm程。それくらいなら、出来るだけリアルでありながら装飾的な様式を満たす形体も目指せるだろうと作り始めたのでした。
もちろん初めて作ったカマキリなのですが、完成させてみれば、何よりも脚にはもっと細い針金を使い、関節をより自在にして細工を施さなければとか、次回に向けての工夫の余地は目立つものの、とても楽しい制作だったのです。
しかし、満月を相手に蟷螂が斧を奮うというなど、何だか哲学的な感じにすら見えるのですが、そんなわけでというか、残念ながらというか、別段深い意味があるわけではないのです。