お客さんから、水中の小魚を狙うカワセミのいる平薬をという要望があったのです。
鳥の図鑑を見ていて、もちろん青い宝石のようなカワセミに目が止まらない筈はないのですが、澤潟(おもだか)とか河骨といった、カワセミが小魚目当てに待機する自然環境にある水生植物を平薬にすることは出来ても、カワセミが狙う小魚は水中に居るわけですから、それを平薬に載せるというのには水中の表現をしなければならず、そればかりは無理なのではないかと一度は断ったのです。
しかし、前作を作り終えて手持ち無沙汰でいるところに、やはりカワセミは作ってみたい、河骨は以前から作ってみたかったという欲求が膨れあがったのだから勝てるわけもなく、さて...と考えるうち突然、ならば小魚を水中から跳ね出させてしまえば全て解決がつくだろうと、発想の転換に至れるなり制作に取りかかったのでした。
水生植物の有職造花制作といったら、控え台という婚礼道具で澤潟(おもだか)を作った経験はあるのですが、河骨は上村松篁さんの日本画で何十年も前から惹かれていて、水面から飛び出た黄色い花だけでも有職造花にしてみたいと思わせるのに十分なほどの魅力が消えないでいたのです。
小魚を据えるためには、どうしても平薬の下に白木の台を付けなければなりません。黄碧玉の岩絵の具で塗った台に、花や葉の幾つかも植え付けてみてから、何気なく木彫り彩色した2cmばかりの小魚を仮にチョコンと置いてみたら、跳ね出させるまでもなくそのままで水中に泳いでいるように見えるではありませんか。この方が自然でいいやと、さっさと方向転換してしまったのはいつもながらのことです。
さて、カワセミを水面に突き出た竹竿に止まらせて小魚を狙わせてみたものの、河骨とカワセミだけの構成に何だか間が抜けているのです。残念ながらこれは物にならないかもしれないと諦めかけたのですが、参考にした図鑑では、白く縁取りされた葦にカワセミを止まらせる事で、色彩構成までも叶えていましたから、同じように作って加えてみたところ、何とか完成に導けたのでした。
葦は、薄青に染めた絹を幅6㎜に切って針金を貼り付け、それを少し黄ばんできた白絹に貼ったものなのです。小魚の周囲や河骨の突き出る水面に、岩胡粉で波紋と水の流れをさりげなく描いてみました。
早い秋の訪れで、水面を渡る涼風などとうに望みもしない季節はずれの制作になってしまったからでしょうか、今ひとつ乗り切れていない印象の漂う出来上がりになりましたが、それでも『夏の平薬』に加えておくことに致しましょう。