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■ 近頃のこと

2015/10/09

ガマの穂を作る

世間というのは、何の根拠もない『三大テノール』だなんて陳腐な例を代表として、『三大珍味』とか『御三家』とか三つを一括りにするのが大好きなようです。三部作というと、漱石の『三四郎』『それから』『門』だとか、プッチーニのオペラ『外套』『修道女アンジェリカ』『ジャンニ・スキッキ』を直ぐに思い出すのですが、私にも今までに作った平薬で『三部作』と呼べるものがあります。『霜夜の月』『凍日』『初菫』です。
『霜夜の月』は、酒井抱一の『枯芦白鷺図』を基にして作ったものでしたが、それによって枯れた蓮の葉と百舌鳥を組み合わせた『凍日』が出来、その流れを受けて、陽当たりに繁る枯れススキの根元に、ホオジロがスミレを見つけるという『初菫』が出来たのです。それが、初冬、厳冬、早春という季節の移ろいに関連させた『三部作』になったのです。
その『霜夜の月』で作った小鷺(こさぎ)の首が気に入らずにいたのです。木彫りの首は二度彫り直してのものだったのでしたが、やはり鷺の首ならではの曲線が叶えられないままだったのです。抱一の絵に首の曲線は胴体に隠れて見えませんし、そもそも琳派の様式にデフォルメされた絵画なのですから、立体にするのに造形上の無理があるのは分かっているのです。しかし、気に入らないものは気に入らないのです。山茶花の平薬を完成させて手持ち無沙汰になったのを機会に、とうとう彫り直しを始めて彩色も終え、まあ何とか出来上がったのを付け替えてみれば、今まで使っていた鷺を粗末にするのが気の毒に思えたのでした。何とかそれを生かして、白鷺を据えた別の平薬を作ってみようと思い、首を切り離し胴体も随分スリムに削るなど大胆な改作をしていると、頭の中にガマの穂が浮かんで来たのです。白鷺と組み合わせたらきっと雰囲気のある初冬の平薬が出来るだろうと、ストックしてあった染め布を見てみれば、ガマの穂になりそうな色の布も、殆ど緑を失ったガマの葉に丁度良いような生地もありましたから、制作はとんとん拍子に進みました。
ガマの穂は、細長く切った絹を袋に縫い合わせ、綿入れにしたりして作ったのです。その穂の何ヵ所かにハサミで穴を空け、中の綿を引っ張り出すことで、穂が弾けて綿毛がこぼれ出した様ともしたのです。白鷺を据えるのにどうしても必要な下台は、白木を流水形に切り出し、その表面に膠水を塗るなり岩胡粉を振って定着させ、鷺の足元には僅かな水紋も描きました。そのうっすらと白い水面は、昼の沼でも夜の沼でも相応しいでしょうし、初冬の冷たさや寂寥感の表現にもなるだろうと目論んだのです。何れにせよこの平薬は、三色に限定された渋い色合いが上手くまとまったように思っています。
小鷺の作り直しから、思いがけずに飛び出したような平薬でしたが、そうこうしているうちに庭からは虫の音がすっかり消えてしまい、数日前まで健気に鳴いていた蝉も命を終えたようです。それでもまだ十月半ばにもなっていないのです。さて次はどんな制作に向かうことになるやら、仕上げた後の空白というのは、恰も川岸に座って流れる水面を眺めている自分を、しばし気楽に俯瞰するようでいられそうなものに、ただただ目敏く貪欲に、川面の漂流物を見つけ出すのに落ち着かなくているだけなのです。

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