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■ 近頃のこと

2015/11/09

白菊の鏝当て

解決の付かない慌ただしさと落胆ばかりの日常が続いているのですが、そんな中での制作は唯一の至福な逃げ場です。そこに希望が見出せるような時間が過ごせているからこそ、出来上がる物に重苦しさなど微塵も移さずにいられるのではないかと思えるのです。
晩秋に足を踏み入れる直前である今頃となると、庭や玄関の陽当たり良い壁などに、季節に取り残されたようなカマキリが現れます。卵を産むにはまだ十分な備えが得られていないのでしょう、体が動く温度の間は昆虫などの獲物を求めてさ迷っているのでしょうけれど、こんな時期にそんなものが容易に見つけられるわけはないのです。真夏には蝶や蝉を捕らえて食らいついているカマキリですから、決して好意的に見られるわけではないのですが、どうしてだったのか出遅れて今に至ってしまったのだろうその姿を、毎年辛い思いで見てしまうのです。生肉の破片を糸で括って頭の前で振ると、時にはパッと鎌で捕まえて食いついてくれたりするのですが、それでも直ぐに放してしまったり、結局は無念の死骸を冷えたコンクリートの上に見つけることになってしまうのです。そんなカマキリの姿に人間の一生なりを重ねて然るべきではないのでしょうけれど、年老いて衰えた姿と殊更ダブらせてしまうようになるから、晩秋など嫌なのです。

何らかの御所の光景を切り取ったような平薬を作るつもりで、巻き上げた御簾を据えた籐の環を用意したまま放ってあったのですが、それに小菊を配して深秋の御所庭というような平薬にしてみようと思い立ったのです。もう随分前から、菊は抜き型を使わずに手で切り抜いていて、小菊であろうが二重三重に花弁を重ねなければならない場合も多いため、16弁の菊を作るのには大変な手間が掛かるのですが、それでいて鏝当てから何からどうも上手く出来ないものですから、苦手にして制作を遠ざけてしまいがちでいたのです。
そんな今回、切り抜いた白菊の花弁の形を見ていて、先端に極小玉鏝で2山の膨らみを与えてはどうかと思い立ち、早速白菊の花弁で試してみました。この鏝当てだと、穏やかな丸みが絹の風合いを引き立てるようにフワリと仕上がりますから、一重でも十分な見映えが得られるのです。ただ、どの生地や色にも相応しいわけでも無さそうで、厚手の生地を使った白菊にこそ最も有効なように思います。
溢れるばかりの小菊なのですが、三色の色彩も決して派手に流れず押さえられていますから、晩秋の静寂のようなものにも相応しく思いながら、今まで作った菊花では一番の仕上がりではないかと満足しているのです。
さて、夕方5時ともなると随分暗くなってきてしまいました。いつの間にか桜紅葉も散り尽くし、つい先日まで僅かの花すら残していた百日紅も葉を落とし始めています。お茶の花が咲いたと聞きますし、赤い花をびっしりと付けた八重の山茶花も日に日に目立って来ています。京都から五色紐も届いたことだし、さて次はどこに向かおうか...釣瓶落ちする秋の陽なのだもの、悠長になど構えていられません。

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