以前、尺三寸の官女に持たせる五節句飾りとして、より上巳の節句に相応しい物をと探して辿り着いたのが、京都国立博物館所蔵の『四季景物文様振袖』にある貝籠の図案だったことは、それを復元した折りにここでもご紹介させて頂きました。
今回、別の用途で白梅や紅梅のパーツを作っていて随分出来上がった時ふと、これだけあれば『四季景物文様振袖』を目にした最初から惹かれていた文様である、松竹梅の薬玉を復元出来るだろうと思ってしまったのです。いつもながら、直ぐに路線変更してしまったのは言うまでもありません。
こんな薬玉が実際にあったのかどうかも分かりませんし、何しろ手描き友禅の図案なのですから、絵空事と言えばそうなのでしょうけれど、作る側からすれば骨組みなど簡単に想定出来ますから、作れるか作れないかではなく、作る気になるか否かだけの問題だけだったのです。何れにせよ、こうした図案の復元は『意臨』でしか叶うものではないのですから、頭の中でイメージしたように竹や松のパーツを用意して、真の薬玉と同じような骨組みにした本体を、上下45cm の大きさで仕立てたのです。
もちろん松と梅が植え付けられる横棒には自然木を使いたかったのですが、中央の心棒がそれほど太くもなく頑丈でもないため、心棒に自然木を固定するのは無理があったため、細い棒の左右にパーツを絹糸で括り付けてから、心棒に固定してゆくという工程を取ったのです。薬玉は割合大きめにして、それぞれの色を強調するために七宝編みも同色のものを使いました。
ゴテゴテさせて、図案の美感を損なってはなりませんから、梅などはとりわけ向こうが透けて見えようとも、かえってそれを自然の事としました。五色の糸は、平薬用に淡路結びしたものを使いましたが、本体の下で軽く束ねて12本を一筋になるようにしてあるのは、図案の趣を重視しての事なのです。
さて、こうした薬玉復元が簡単に実現出来るのは、薬玉を覆う七宝編みを、必要な色の絹糸で編んで頂いてあるからなのです。これは、有職造花の理解者でありお客様であり、今や大切な友人でもある福井県在住の藤岡さんという女性の制作なのですが、どこをどうしたらこんな複雑な編み物が出来るのかといつも感嘆させられてしまうのです。それでもご本人からすれば不満が多いらしく、使う物は一番新しく納めたものからにして欲しいと繰り返して言われます。最早とうにプロの仕事だと思うのですが、制作される本人からすると、旧作というのは見られないところが多々あるのでしょう、その辺りは絶えず前進を目指す『ものつくり』ならではのお気持ちだろうと、やはり実感出来るものがあるのです。
こうした得難いものが幾つも用意されているという心強さで、私は安心して平薬や薬玉制作に臨めているものですから、感謝しきれない思いでお名前をご紹介させて頂きました。