本来どんな人形だったかのか分からないのを良いことに、こうしてみよう、こうもしてみようとのプランばかりが広がって行くのです。何しろ絶賛してし尽くせない程の十二世面庄頭の名品に、五世大木平蔵の胴というのですから、それが大いにワクワク楽しいのは当たり前というものでしょう。宝刀を仕立てて持たせた次は、もちろん挿頭花です。
夏物の装束に違わない挿頭花をと考えて、真っ先に浮かんだのが『卯の花』でした。匂い立つような若い武官を象徴しての選択でもありましたが、びっしりと花を付ける卯の花のことですから、挿頭花とするには花を相当小さく作らなければなりません。とにかく花の直径を5㎜程に抑えた型紙を作って切り出し、一筋鏝を当ててみたのですが、その程度の大きさならば何とかなるものです。卯の花の枝は真っ直ぐですから、挿頭花とするには自由が利かないのですが、パーツを組み合わせて小枝を整え、冠の周囲に合わせて全体をたわませてみたりと、色々調整しながら何とか冠に付けてみれば、そんなに小さくとも紛れもなく卯の花の挿頭花に見えるもので、その着用によって武官の表情まで和らいで見えたものですから、随分と満足出来たのです。
早速、人形研究家の友人に画像を送ると直ぐに電話をくれて、とにかく挿頭花は面白いので幾つも作って欲しいけれど、五月人形が専門の自分としては何よりも端午の節会の設定で『菖蒲の蔓』を着用した姿が見たいというのです。菖蒲の蔓ならば寸法も着用方法も『九暦』の「菖蒲蘰ノ造法」というところに「用細菖蒲草六筋 短草九寸許、長草一尺九寸許、長二筋、短四筋、以短四筋當巾子・前後各二筋、以長二筋廻巾子、充前後草結四所、前二所後二所、毎所用心葉縒組等」と記されていますので、武官の身長からの比率でそれに見合う菖蒲の葉を作れば良いだけのことかと言えば、以前から「充前後草結四所、前二所後二所、毎所用心葉縒組等」とあるのが読み解けず、さて菖蒲をどうやって縛るのか未だに私には分からないのです。また、実物の縮尺として菖蒲の葉を作ってみると、人形に装着させるには葉の幅が狭すぎてしまうようで、相応しい巾を割り出しての作り直しになり、菖蒲の蔓制作は止まったままなのです。
さてそれはそれ、私自身は挿頭花自体の美感と制作工程の楽しさばかりを優先させるだけなものですから、卯の花と同時に頭に浮かんだ藤花の制作にさっさと取り掛かったのでした。何しろ藤なのですから、より小さな規模が求められます。葉の一枚など2㎜×10㎜、開いた花の直径は最大でも5㎜です。ともかく39枚の葉に蔓2本を加え、花房が3本という構成でまとめてみましたが、これを装着した武官の若々しく甦ったことといったら!つくづく十二世面庄の技量と感性には脱帽させられるばかりです。
ところで、友人に幾つも作れといわれた挿頭花ですが、初夏から初秋までという夏物の装束を着用するだろう期間は結構な長さながら、挿頭花に出来る花といったら幾らも見つからないのです。後は皐月、桔梗、女郎花くらいしか思い浮かびません。それこそ夕顔を挿頭花とするなど、そんなに情緒あることも無いだろうにとは思いながら、朝顔なら辛うじて何とかなるかもしれないものの、以前原寸での制作に挑戦してみながら、とうとう作れなかった夕顔の事ですから、いっそ花を木彫り彩色にでもしない限りどうにもならないのです。
挿頭花にとどまらず、さてさてこれからどんな方向に向かう事になるやら、私の武官フィーバーはまだまだ治まる気配もありません。