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■ 近頃のこと

2016/04/25

黒き猫

私の作る平薬などの有職造花には、当たり前のように鳥や昆虫が付いて、何らかの物語性を持ったりするのですが、それは私が勝手に付けたり、設定したりしているからですし、勝手に付けられるのは、自作だからなのです。
有職造花と木彫りや彩色とは、通常作り手が異なるため、例えば嶋台に必要な鶴亀も、別の職人の手によるものです。要するにコストに追加が生じてしまうのを嫌う現実的な問題が一番ではあるでしょうけれど、有職造花自体が一品物の要素を全面に出す類ではなかったという事なのです。実際、有職造花に木彫り彩色の動物が付されている例など、先の嶋台や奈良蓬莱といった婚礼用の有職造花以外だと『四季風鈴掛』の図案での鳥しか見たことがありません。ですから私のしている事といったら、あくまでも写実と伝統技法に基づいた『異端』なのでしょう。突然菱田春草の名作『黒き猫』を平薬に出来ないかと思い付くのも、私が自分で猫の木彫り彩色が出来るといった『異端者』だからなのです。
私は絵を描くのが非常に苦手で、しかも実物を目前にしないと蛙一匹描けないというのに、どうしたわけか木彫りだと細かい凹凸までモデル無しに彫ることが出来てしまいがちなのです。菱田春草が『黒き猫』を描いた時、毛足の長い黒猫の質感のため、絵絹の裏からも薄墨を塗り重ねたと聞きますが、日本画独特の暈かしに留まらない描法の工夫で、皮肉に呼ばれた『朦朧体』というものの真骨頂を、黒猫に凝縮させて見せたのです。ですから、それを毛植え細工でもない立体で表そうとするのは、身の程知らずも甚だしいというものなのですが、何十羽も野鳥を木彫り彩色した挙げ句に白孔雀に至れた現在なのですし、せめて大好きな猫を彫ってみるのも頃合いだろうと、ともかく『黒き猫』の平薬を目指して彫り始めたのでした。
木っ端を集めて全体像を作り、更にまた木っ端を継ぎ足しながら彫り上げて、さて肝心な彩色となった時、ぼんやりとした輪郭線を醸し出すには、最も粗い岩絵の具を表面に振り掛けて定着させる方法で叶いはしないかと考えていたものの、胡粉塗りから岩黒での彩色を経て、黒緑青と黒群青で陰影や毛並みを描いてみたら、これはこれで結構面白く出来たのです。
そもそも私が作ると、勇猛な鷹だろうと架空の龍や鳳凰だろうと、どことなくユーモラスに出来上がってしまうのですが、この黒猫もまたしかり、あくまでも写実を踏まえているのですが、髭も睫毛も植えての出来上がりといったら、案の定3・4頭身ばかりの寸胴な子どもに仕立てる『本狂い人形』のような趣の黒猫になったのです。言うまでもなく、菱田春草の黒猫とは似ても似つかない、まるで夏目漱石の『猫』に登場する車屋のクロがこんなではなかったかと思う、見るからにふてぶてしそうな猫なのです。そうなってしまえば、こんな黒猫も面白いかと菱田春草の平薬化はさっさと諦めて、黒猫が居座る柏の幹を門柱に、秋に色づいた柏の葉を季節柄である鉄線(クレマチス)にと、路線変更してしまいました。
その上でこの車屋のクロといったら、下から見上げる位置からが顔つきも目付きも一番生きましたから、門柱自体を見上げた角度で作って、その上に据え置くことにしたのです。ガンを飛ばすように見上げた目の先には、鉄線に飛んできたクマンバチを浮かせることにしました。クマンバチは『本狂い』仕立てには持ってこいの形体ですし、黄色い胴体など粗い岩絵の具を振り掛けて、花粉にまみれたようにしてあります。鉄線の蔓を長く伸ばしてたわませた先端に据えてみれば、ほんの少しの振動にも羽音のようにブンブンと揺れるのです。
門柱のうたた寝を妨げられでもして目を上げたクロが、その後クマンバチに猫パンチを食らわせたとするのも良し、小者がブンブン五月蠅いもんだと悟ったようなことを呟いて再びうたた寝に戻ったとするも良し、物語はご自由にどうぞってな具合は、いつも通りなのです。

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