月別アーカイブ

■ 近頃のこと

2017/04/10

落椿の平薬を作る

椿の落花というのは、さすがに武士が嫌ったというだけあって見事に首から落ちるもので、逆さまに落ちた花など、雌しべが通っていた穴だけがポッカリ空いているのです。
このところ玄関の鍵の調子が悪く、裏口から出て境の塀際を門に向かうものですから、外出の行き帰りに大きな紅椿の下を通るようになっていたのです。二月のうちから咲き始めた花が落ち始め、日に日に根元の地面を覆い尽して行くので、それを踏まないよう真上から足元の花を見て除けて通るうちに、この光景を平薬に出来ないものかと思い付きました。
平薬は籐の輪の中に景色を作るので、当然横から見た景色を円く切り取ったようになるのですが、落椿の様を平薬にするというのは、平薬の平面を真上から見下ろした地面に見立てるというわけです。
概念を覆すような平薬ですから、もちろん初めての試みではあるものの、そもそも私の作るオリジナルの平薬といったら、ただでさえ有職造花という分野に伝わったものではなく、誰に憚ることなく有職造花の手法で作りたい物を作ってきただけのことですから、その延長に過ぎないのです。
さて、取りあえず籐の輪に合わせた薄板を貼り付けて地面としてはみたものの、ともかく落椿らしい形を写すよう鏝当てした花や、雌しべからすっぽ抜けた穴を再現した逆さまの花が出来てはいても、それを散らす地面をどんな風にしたら良いのか躓いてしまったのです。逞しく育ち始めている雑草を説明的に作りたくはありませんでした。
あれやこれや考えたり試したり、そうこうしているうちにいつもの通りの成り行きで、若草色に染めてあった絹サテンがあったのに閃いて、これを薄板に貼ったなら花の色も映えるし、雑草の萌え出した早春の地面を象徴出来るだろうと思い付いたのです。しかし、覆い尽くすのには布巾が足りません。ならばわざと鋭く隙間を空けて貼り、その切れ目によって未だ残る寒風を表すというのはどうかとまた思い付くなり、ああ、これで行こうとサッサと取り掛かってしまいました。
真上を向いて落ちた花、ひっくり返って落ちている花、横倒しになったまま朽ちようとする花など、あれやこれやと落花に表情を与えながら構成したのですが、どうも花だけでは頼り無く、そもそも単調に過ぎてしまうのです。
ならば、野鳥が飛んできた設定というのはどうかと、作ったままにしてあったキビタキを置いて、椿の花弁を1枚咥えさせることにしました。同時に、寒色を加えて全体の色彩を引き締める意図から、葉の縮れ方や丸まり方などそのまま写して、和紙の葉裏を強調しながら濃い緑の椿の葉を3枚だけ散らすことにしたのです。
さて、これが平薬として上手く出来たのかといえば、残念ながら思い付きの連続を楽めただけ...というしかなかったようです。しかしながら、 2ヶ月ぶりだったオリジナル平薬の制作では、恰も桜の散り始めた長閑な花影に居眠りを貪る如く、評価など馬耳東風とばかりに、春先の数日を何とも気楽に楽しんだのでした。

20170410a.jpg

ページトップへ