桜橘を一つの薬玉に散らす薬玉の制作は二度目なのですが、直径20cmとはいえど、球の表面積を埋め尽くすパーツは思いがけないほど沢山で、しかも最も手間の掛かる桜がメインですから、内心では依頼に後ずさりする気持ちだったのです。
要因は先ず、土台の球を作ることにありました。通常は籐で球を作るのですが、均等な丸みに曲がってくれるわけでもないので、なかなか歪みの無い球体になってはくれません。更に、直ぐ使えるような籐が手許に無かったものですから、そもそも骨組みを作る段階でめげてしまったというわけなのです。
その昔、丸平さんに満州国皇帝に献上する親王飾りの注文が入った時、桜と橘の薬玉一対も組み合わせなければならず、籐の骨組みでは輸送の際に押し潰れてしまう危険があるというので、桐で球を作って花を植え付けたという話を聞いていたのです。そこで、いっそそれに倣って出来るだけ柔らかい木材で球を作ったらどうかと思い付きました。それなら、球に仕立てる時だけでなく、花を植え付け穴を開けるのも楽に出来るだろうからなのです。
しかし、柔らかい材木は厚さが2cmのものしかありません。それを最低限貼り合わせて、中が空洞の球が出来るように設計してみました。設計といってもフリーハンドのスケッチのようなものなのですが、貼り合わせた四角い箱の角という角を鋸で挽いてしまえば大まかな球になる計算で、それをカッターで削って仕上げれば丸い球になってくれる筈です。
私は凡そ理科系ではありません。高校2年の頃に、温室を作ってストックを栽培しようと計画したことがありました。亡くなった祖母の葬儀に寄せられた生花にストックが沢山挿されていて、その花自体も香りもとても印象が強く、それを自分で栽培して腕に抱えてみたいと思ったのです。
庭の日当たり良い所に竹を組み、四角い温室の骨組みが出来上がってからやっと、これでビニールを張ったら雨が溜まってしまうと気付いたのです。といって作り直しは面倒だし、ならば雨が流れ落ちるようにすれば良いだけだと、骨組みを真横から強引に押し傾けてビニールを張ったのですが、それを見た姉が、あんたは決して大工にはなれないと大笑いしていました。
幸い、球は穴も開かずに上手く行きました。
全体に和紙を貼ったその球にパーツを植え込むのですが、先ず3枚の柏葉を付けた赤黄紫3色の薬玉を三方に据え、それからそれぞれ6~15枚の葉を付けた11個の橘を植え付け、残りの空間を桜で埋めたのです。250程の桜で埋め尽した後、葉を付けた蕾をアクセントに植えて完成させました。下花として紅白の紙包みに椿を添えましたから、可愛いものをという依頼ではあったものの、随分厳かな感じに仕上がったのです。その要因はといえば、無理なく端正に花を植えられたからでしょう。それを叶えたのは、木で球を作った事だったのです。
厳か...伝統的な有職造花というのは、常にそうでなければならないと思います。