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■ 近頃のこと

2017/05/21

リンと柏とアケビの花

ずっと十二支の面を作っていたら、胴体まで彫れないことに対するフラストレーションのようなものが湧き上がってしまったのです。
以前、菱田春草の『黒き猫』を平薬にしようとしたものの、黒猫があまりにふてぶてしくなってしまったり、春草の描いた黒猫の毛の質感など、木彫り彩色ではとうてい再現出来るわけもないとか、そもそも柏の幹に腹這いにさせるのに、平薬では造形的な限界があったのです。
もう一度猫の全身像を彫ってみたいと思ったとき、ならば家のリンにしよう。リンならばいつでも細部を観察出来るし、彫るにも彩色にも困らないではないか。どうせなら平薬に使おう。ならば『黒き猫』のリベンジにしよう。こうした思いが一瞬にして頭の中を駆け回ったのです。
リンは陽に当たると金色のように光る、あまり見たことの無い色合いの『白き猫』なのですが、今度こそは柏の葉と組み合わせた平薬に仕立てたいと思いました。
菱田春草の『黒き猫』は、色づいた柏という秋の設定ですから、真反対の『白き猫』ならば新緑の頃の柏とするのも洒落た趣向だし、色の対比からも美しく仕上がるだろうと思いました。動くものに直ぐちょっかいを出すリンらしく、片手だけ上げようとしているポーズで柏の幹に乗せるつもりでいたものの、柏の幹に座らせると直径30cmの籐の輪ではリンの位置が高過ぎてしまい、構成が上手くいかないのです。またもや出鼻をくじかれてしまったのですが、飾り物のことで寸胴に彫って彩色したリンはとても可愛らしく出来たし、柏の葉も程よく出来ていたものですから、いつもの事ながらサッサと路線変更したのです。
私はアケビの新緑と花が大好きなのです。庭の片隅に五月の陽でキラキラと透けた若葉が垂(しだ)れ、そこに小さな赤紫の花が群れなして咲く様に毎年目を奪われていたのです。柏の青葉だけでは殺風景だし、リンの眼前に花を付けたアケビの蔓を大きく垂れさせる構成は、季節の相応しさも十分に叶えるのです。
私の制作は、大抵最初からキッチリと決められてのものではなく、制作の過程でもっと良い設定を思い付くなりその方に流れてしまいますから、片手を浮かせて何かに気を取られているリンのポーズであっても、その目の先に何を置くとか決めてあったわけではありません。平薬としての構成も、あくまでも絵画的な構成を優先させてしまいますから、ともすれば左右の重心が片寄ってしまうのです。今回など甚だしくそうでしたから、何とかリンが目を奪われている対象で左右の重心の釣り合いまで取れてしまうようなものはないかと考えたのですが、そんな都合の良いことはなかなかありません。
ともかく、目線の先がアケビの蔓であることから、先ずそこに以前から作ってみたかった蜘蛛をぶら下げてはと思い付いたのです。こうした飾り物に蜘蛛を使うのは考えものなのですが、図鑑を参考にしながらも不気味に見せないための彩色をあれこれ試していたら、結局架空の蜘蛛になってしまいました。尻から出ている蜘蛛の糸は細い針金に白の絹糸を巻いたものにして、アケビの蔓に固定せずに風や震動で揺れるようにしたのです。リンがいかにも興味を示しそうだとか、蜘蛛の設定は斬新で面白いとかの感想は我が意を得たりというものだったのですが、翌朝改めて目にしてみれば、やはり蜘蛛は飾り物には向きません。
そんなわけで、アケビの蔓の先端に止まったのは、足を踏ん張らせた雀なのです。

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