二番親王尺三寸二十五人揃に老女の人形を加えたいと思い始めたのは一昨年だったでしょうか。
そもそもは、二番親王尺三寸二十五人揃という大きな組み物を段飾りにする場合、四段目が老若の随臣に直衣の若人、それに五節舞姫という四人になってしまうからなのです。
その段のためにもう一人誂えれば数も奇数に整うとはいうものの、さてどんな人形にするか考え続けての或日、突然思い付いたのが老女だったのです。あでやかな装束の女性ばかりの中で、一人だけ色を極端に抑えた老女の人形を置くというのも、究極の色彩とは無色なのだとか、世の無常とでも言うべきものを表すような設定も面白いのではと思ったのです。
もちろん人形は丸平さんに依頼するのですが、それには老女の頭を自作しなければなりませんでした。その経緯は、昨年秋にここで『老女の頭を作る』という題名で書いたので省きますが、自分で結髪まで済ませた頭に手足と扇、二枚の襦袢まで携えて、二年ぶりの上洛だった昨年暮れに依頼したのです。
七世丸平さんは、若い頃からお能を観て来られた方ですから、前々から七世ならではの制作として、お能を題材にした人形を是非残して欲しくていたのですが、姨の制作というのはそれを叶えることでもあったのです。候補に挙げたのは、難曲と呼ばれる『姨捨』でした。きっと躊躇されるでしょうから、何としてでも制作を引き受けてもらおうと、丸平さんの手間が最小限で済むように、こちらで用意出来る物は全て揃えてしまって、引き受けざるを得なくなるだめ押しに、襦袢を二枚まで揃えていったというわけだったのです。
老女は、四段目中央に置かれます。向かって左端に三位随臣(老人)→直衣若人(在原業平)→老女→五節舞姫→四位随臣(若人)という構成なのです。姨は面によるので無しに、いわば生身の老女なわけですから能装束に拘る必要も無く、とにかく色彩を極端に押さえた、長絹を羽織って袴を着用した姿であったら良かったのです。
その考えは丸平さんも同じだったようで、長袴に長絹という理想的な仕立てで出来上がったのです。衣裳に仕立てる生地の取り合わせを三度もやり直して決められたのだそうですが、長絹には古い絽の生地を見つけ出して使ってくれました。
何度も『姨捨』を観られているからでしょう、色彩のコーディネートはさすがだったばかりか、 長絹には露の宿ったススキを絵付けしてくれていました。純金泥はともかく、銀では直ぐに黒ずんでしまうのでとプラチナ泥まで用意して、絵師さんに描かせてくれていたのです。
能『姨捨』での最大の見せ場は、立て膝に開いた扇を手にし、それを左に水平移動してから月を仰ぎ見る場面とのこと。しかし、姨頭は能面にあるよう伏し目に作りましたし、構造上"仰ぎ見る"というポーズが人形では難しいため、これから扇を移動させるという瞬間に設定することで、月を仰ぎ見るという所作の予感を託してみたのです。
姨捨の完成により、二番親王尺三寸二十六人揃になりましたが、段飾りしてみたい願いが噴き上がるばかりなのです。