私は葛の葉が大好きなのです。何しろ神武天皇が葛城で土蜘蛛を退治した際に用いたのが葛の網なのだそうで、神話にすら強さ逞しさの象徴のように登場するだけあって、木でも棒でも電柱を支える鉄線でも、蔓を絡ませられたならそれを這い上がり、青々とした葉をギュウギュウに繁らせてしまうのです。勿論、巻きつく物がなくたって平地に這って広大に繁ります。
野に働く人達は、そんな葛を厄介者としか見ないのでしょうから、その繁った塊がすっかり刈り取られていたりすると、私はガッカリしてしまうのです。葉色は温かい緑で、その繁みから更に新しい蔓が突き出て垂れるのですが、それが風に靡くのを見ると、あれほど野分に映える植物もないのではないかと思えてしまいます。勿論、葉の根元のそこかしこにつく、短い藤の花房のような赤い花もとりわけ風情で、なるほど酒井抱一が何度も描いた気持ちも知れようというものです。
前の時は、葉の茂みの向こうに皎々たる満月を臨ませる構成だったため、葉色を夜に設定した濃い緑にしたのですが、今回は葉の色を実物のようにしたり、葉数を減らしたりしたものの、やはり月だけは同じようにお出ましを願いました。月の金彩には青金(純金に銀を混ぜた物)を用い、もう少し澄んだ空気のような世界に仕立てました。
前回は、葉の上に蟷螂(カマキリ)を置いて斧を振り上げさせたのですが、今度は月の前に伸びた蔓の上に、ウマオイ(スイッチョ)をしがみつかせたのです。木彫りの胴体は僅かに3cm。それに溝を彫って貼り付けた脚は針金ですが、関節を挟んだ両側に数㎜幅の和紙を巻いてから折って、関節を際立たせてあるのです。その行程を加えるだけで、昆虫の脚のリアリティーは格段に変わってしまいます。
彩色は岩絵の具です。実際のウマオイは透き通るような黄緑色ながら、満月の前に逆光で佇む夜の一景でもあり、敢えてもう少し濃い緑で彩色しました。
私の小動物好きは、恐れながら案外酒井抱一に通ずるものがあるのかもしれません。あくまでも『恐れながら』のことですけれど。