葛の平薬を作った時、満月に鎌を振り上げる設定で初めてカマキリを作ったのです。もちろん実物大ではないのですが、昆虫としては大きいカマキリながら、それでも前脚の関節の長さが数㎜ですから針金を曲げるだけで作ったところ、昆虫の脚にも昆虫の脚ならではの動きにも見えませんでしたから、作り直したのです。
三つに折れる脚の一関節が5㎜にも満たないような細く短いものであろうと、何とか最低限なりとも工夫を凝らして、それぞれの関節の特徴を際立たせる必要があったのです。それは同時に、関節の再現こそが昆虫作りの見せ場であり、楽しさでもあることを知った時だったのです。
二つ折りした和紙に針金を挟んでしっかりと糊付けし、それぞれの関節の形に切り揃えてから針金を曲げるという方法で、カマキリの脚は何とか出来上がったのですが、先日のウマオイといったら当然カマキリよりもずっと短い脚なのですが、同じ方法で出来上がったのでした。それに気を良くして、もうちょっと関節だらけの物を作ってみたくなったのです。甲殻類です。
私は姿のままの蟹を食べることを好みません。味が苦手なわけではないのです。可愛そうなのです。何度も何度も脱皮を繰り返してやっとその大きさになれたのでしょうし、間違っても人間ごときに食べられるために健気に生き抜いてきたわけでは更々ないのにと思うと、気の毒さが先に立ってしまうのです。ただ、そうした感情は同じグルメ甲殻類である海老に対してだと、さほど湧きません。
蟹に対するそうした思いがどこに発するのか、私は他人事のようにずっと興味深くいたのです。そんな数年前の或日、ハタと『さるかに合戦』を絵本で最初に読んだ極く幼少時の悲しみから発しているのだと思い当たったのです。狡く、慈悲の欠片すら無い猿に青柿をぶつけられて死んでしまった誠実な親蟹の墓のたもとで、子供の蟹がさめざめと泣いていた絵があったのです。甲羅など無残に割れてしまった事でしょう。勿論そんな場面が描かれていた筈もないのですが、小さな私の頭にそこまで焼き付けた頁だったのです。
そんなこんな、蟹に対する愛情といったら実はハンパない私ですから、もう随分前から蟹を作ってみたくていたのも当然のこと。昆虫の脚創りに端を発して、いよいよ蟹作りに至ったというわけなのです。蟹は沢蟹です。胴体はもちろん木彫りですが、一番上の立派なハサミも木彫りにすることにしました。
小学生の頃、通学途中の線路際に清水が湧いていた場所があったのですが、そこに小さな沢蟹がいたのです。清水ガニと呼んでいました。当時ですら滅多に見つけられなかったのですから、本当に細々と命を繋いでいたのでしょう。それが小学校低学年の目にすら健気な印象を植え付けたのですが、具体的にどんな色をしていたのかなどとなると、もうすっかり忘却の彼方です。
そんなわけで、彩色は飾り物としての様式的なものにしました。平面に動く蟹のことですから、平薬に使うには難しいのだし何の当てがあるのでもないのですが、完成させてさえおけばそのうち何か閃くだろうと、いつもながら制作そのものを楽しんでいるのです。