月別アーカイブ

■ 近頃のこと

2017/09/16

沢蟹のそれから

使い用のない沢蟹をそのままにして、次は鷺を彫り始めたのです。直立してちょっと下を見ているポーズで出来上がった時、ほんの遊び心で鷺の前に沢蟹を置いてみたのですが、鷺に出くわして固まっている蟹のようにも見えますし、友だちになりそうな出会いに見えなくもないのです。自分でしたことながら面白いなぁと、スマホに収めて何度も眺めていました。
それはともかく、以前から柳と鷺を描いた上村松篁さんの日本画に感心していて、川風に靡く柳の幹に白鷺が止まる平薬が作れたらと願っていたのです。鷺のいる平薬は、今までに『霜夜の月』と『ガマの穂に白鷺』の二つを作っているのですが、両方ともお気に入りですから『柳に白鷺』の平薬には期待を膨らませて挑んだものの、どうにも上手く行きません。鷺がちょっと大き過ぎたのも要因なのですが、直径30cmの平薬の中に構成する柳の葉をどれだけの寸法にすれば良いのか、それすら分かりません。ともかく400枚ほどの葉で柳の小枝を作り、白鷺を幹に止まらせてから植え付けてみたものの、柳ならではの風情というものがまるでないのです。結局、柳は全て引っこ抜いてしまいました。
さて木組みに鷺だけになったのを見れば、あたかも晩秋とか冬枯れの風情なのです。色の対比からも紅葉した蔦が合うだろうと、早速作って巻き付けてみたのですが、やはり鷺が大き過ぎるのです。ついに鷺も外してしまいました。
見事な迷走を繰り返すばかりだったのですが、そもそも私の制作というのは、その場で湧き出た思い付きを優先させる方向変換が基本なのですし、そもそも『決定事項』など持たないのが私の人生ですから、そうした迷走は当然なのでしょう。
蔦の紅葉は手慣れた暈かし染め。蔓の構成といったらお家芸のようなもの。晩秋の山中というべき光景だけが残った平薬を前に、さてこれをどうしたものかと眺めているうち、ふと沢蟹を太い幹の上に置いてみたのです。それが面白かったのです。器用な沢蟹が幹を登ってみれば、眼前に青い実を付けて見事に紅葉した蔦が広がっていたというわけです。そして図らずも、沢蟹は紅葉の前に居場所を得たのです。
秘やかな冒険の偶然ですから、やはり月光が似合うでしょう。『月にウマオイ』で端っこを切り取った直径20cmの桐板をそのまま純銀彩し、その上に純金泥をうっすらと掛けて、これも皎々たる月夜のことにしたのです。
右往左往するうちに、沢蟹が活かされてしまったのには自分でも驚いてしまいますが、これだから平薬制作は止められないのです。

20170918a.jpg

20170918b.jpg

20170918c.jpg

ページトップへ