雛人形の女雛には、当たり前のように『おすべらかし(御垂髪)』という髪型が結われています。その髪型は、現在の皇室でも即位の礼とか十二単を着用する際の髪型なのですが、そもそも江戸後期に始まった髪型で、平安時代にはありません。
雛人形は、江戸期に人数を増して段飾りにされていったものでしたから、実は平安時代の面影やら習俗など、十二単以外に見られるものではありません。
かつて私のコレクションによる雛展を見学に来られた、有職に詳しいさる大学の方から、厳密に有職故実を踏まえてもいない雛なのに、有職などという言葉を使って欲しくないとクレームを頂いたことがありましたが、その方の真意や認識度はともかく、その物言いには一理あるにはあるのです。
雛人形のおすべらかしは、厚紙で作った髪型の土台を頭に固定し、それに絹スガ糸を貼り付けたりして結い上げます。本来おすべらかしというのは、顔のサイドの髪をその生え際から真上近くにたくし上げるようにするのですが、その作業が人形ではとても厄介なためか、日本髪のように髪を真横に結ってしまっているのです。本来どんな形なのかというよりも、作業が楽な方に流れた結果、日本髪の化け物のような髪型になっているのです。
往々にして、最も重要なところが一番難しいもので、例えば絵画や彫刻では、首・腰・手首など『回る部分』がそれなのですが、しかし同時に、そここそが美しさの見せ場・見所であり、創り出す者の腕の見せ所なのです。おすべらかしを結う者が最も逃げてはならない所こそ、たくしあげる曲線の再現でしょうし、それこそが私の望むものでした。
以前五節舞姫を誂えようとした時、私は日本髪の化け物のような髪型での五節舞姫など考えられませんでした。刺繍小袖の官女を誂えた時、おすべらかしが基本とされた官女の髪型に、何故こんな形にならなければならないのかと、およそ造形を踏まえない結髪に我慢出来なくなってしまっていたのです。しかし、残念ながら自分で結うより方法がなかったのでした。
私は結髪作業など見たことがなく、髪を植え込む溝彫りなどもしたことがありません。首軸が切られている頭では、髪梳きも上手く行かないのですが、それでも五節舞姫を何とか結い上げてみて、やはりこの髪型しかないと確信したのです。
今回とうとう、そもそもの発端になった刺繍官女の髪を結い直しました。 試したい事があり、玉髢を付けた髪型です。
もちろん下手くそなのです。糸の艶出しや貼り付け方等々、玄人の方からしたら見られたものではないでしょう。しかし、全く体験も無い素人でも、この程度には結えるのです。だからこそ専門とする方々に、本来の形というものを問い直して欲しいと、切に願ってしまいます。
今後、五人の袿官女の髪も結い直す事になるでしょう。あるいは、丁髷(ちょんまげ)を結った仕丁の髪も、平安時代のような引っ詰め髪に結い直すかもしれません。その上で、万全を期した段飾りの実現を切望するばかりでいます。