あれほど忌々しいまでに、熱さと高湿攻撃の手を休めることのなかった今年の夏でしたが、いつの間に立ち去っていたのでしょう。このところの風は肌寒くすらあるほどで、庭は一気に秋の様相に変わりました。金木犀が冷たい雨に落ちて、庭の一隅はオレンジの薄衣を敷いたような風情。シオンの花も咲き揃ったようです。
ずっと、人形の小道具やら何やかやの制作に追われていた手がやっと空いてみると、もう2ヶ月以上も平薬を作っていないのです。
そう気付くなり、以前から平薬制作の参考にしていた図鑑にあった、松の枝に止まる猛禽類の図を思い出しました。尖った松の葉と鋭い目の猛禽類が、色彩の対比からしてもスッキリと描かれていたのが、頭に残り続けていたのです。
今まで、様々な鳥を木彫り彩色して来たのですが、平薬に猛禽類を使うことはありませんでした。それが先日、神武天皇の金鵄を作ってみたら、とても新鮮で思いがけないほど面白かったものですから、鷹でも鷲でももう一羽、猛禽類を作りたいと思うようになっていたのです。勿論、それで平薬を仕立てられたらと思いました。
近頃どんどん重くなるばかりの腰を持ち上げて、図鑑を確かめに図書館に車を走らせてみれば、松の枝から獲物を狙っているような図の猛禽類はハヤブサでした。
猛禽類をもう一度作ってみたいと思った私の興味は、猫の爪のように内側に丸まった鋭い嘴(くちばし)なのです。ですから、その形などを充たすならば、実はどんな猛禽類でも構わなかったようなものでしたが、改めてみるハヤブサと松の組み合わせの絵は、さすがに特別な魅力と装飾性が確立されて見えたのです。
彩色は、原画に囚われることなく出来るだけ説明的にならないよう、一枚ずつ羽根を描くようなことは避け、日本画の一部に過ぎないようにして何とか出来たのですが、足がいけません。
鳥の足は、いつも針金に絹糸を巻いて作り、胴体に差し込んで来たのですが、猛禽類の足といったら、それで獲物を鷲掴みして息の根さえ止めるほどのものにもかかわらず、図鑑からも写真からも、足の付いている位置が掴めないのです。やはり、実物を見ないと分かりません。当然造形として難が目立つばかりでした。
しかし悩んでも仕方ありませんし、足の把握はいつか実物を目にすることが出来たときにすることにして、ちゃっかり松葉で足元を隠してしまうことにしました。
ところが、かえってそれが幸いしたのか、松の枝振りが上手く行ったようで、思わぬ拾い物をしたのでした。
まさに図々しさの権化のようですが、制作は楽しまないとと、平気で眺めている秋口の私なのです。(笑)