ヒメジョオンは、野原や道端にひょろひょろと伸びて咲く質素な野草です。
よりにもよって貧乏草などと別称されるものの、雑草の生い茂る中に、日陰も厭わず弱くも強くもない、瑞々しい黄緑色の茎を伸ばした先端に、少しだけ赤みを加えた小さな白い花を幾つも咲かせるのです。丸く盛り上がる雄蕊が、小さな黄色いボタンを散りばめるようにも見えて、私にはとても心引かれる野の花なのです。
それで以前、蕗の葉やタンポポの綿毛と共に『遅春』という平薬を作ったのですが、その時の記事がインターネットで検索されたのでしょう。このホームページから、ヒメジョオンの花束を作って欲しいという、珍しい問い合わせがあったのです。
何でまた、よりにもよって貧乏草での花束なんだろうと電話を入れると、音楽座ミュージカルという団体の若い女の子で、今度上演予定のミュージカルで必要なのだとか。色々造花屋を当たってみてもヒメジョオンの造花など売っている筈もなく、それで唯一私が検索されたそうです。
台本では、群生するヒメジョオンに生きる希望を与えられながら、不慮の死を遂げた恋人だか友人だかの墓参のために、ヒメジョオンの花束を誂える設定とか。とはいえ、有職造花で仕立てられるような予算はとてもなく、しかも一本が70㎝というほぼ実物大のを20本も欲しいのだとか。いくら何でもそれは無理というものですが、係の女の子は必死で訴えるし、そもそもヒメジョオンに目を止めた感性は、それを有職造花に仕立てている私にも共通するように思って、ともかく10本ならばと、予算で払える額で引き受けたのです。8割5分引きでした。(笑)
早速その晩から制作を始めましたが、最低でも1本に15花は付けなければなりませんから、ともかく花、萼(がく)、蕊(しべ)を150ずつ用意することにしました。公演が迫っているらしいので、出来るだけ早く納めてやろうと、細部に行き届かないまでも、まる2日で仕上げて送ったのです。
翌日係の女の子から、届いた花を見て喜ぶ声で電話があり、パンフレットに協力者として名前を記させて欲しいとの感謝の心遣いと同時に、この公演が彼女の初舞台なのだとも聞かされ、作って良かったとつくづく思ったのです。
さてその夜だったか、見知らぬ携帯ナンバーから電話があって出ると、その劇団の別の女性からでした。パンフレットに名前を掲載すると言ったのは係の女の子の勘違いで、それは出来ないから了承をとのこと。そんなことはどうでも良いのですが、何となくその女性の言葉つきに、一気に興醒めしてしまったのです。私は名前を出して欲しかったのではありません。
新人で、裏方の仕事に奔走していたのだろうあの女の子が、勝手なことをしたと叱られなければよいのにとか、あのヒメジョオンが粗末に扱われるのではないかとか、心配に押し寄せられてしまいました。
私がその公演を観ることはありませんし、半世紀近くベルカントオペラを聴いてきた私は、観ない方が良いとも思います。
この出会いと制作は、人生の気紛れと寄り道という、典型的な出来事だったのでしょう。それもまた物作りの役得だと思って、忘れることにしたのです。