『四季の平薬』の注文を受けたのですが、別に使う花に決まりがあるわけでもなく、せっかく制作依頼されたことですし、いわばオートクチュールなのですから、希望の花で作られた、世界で1つきりの平薬にされたら如何かと提案したのです。
平薬とは、平面に仕立てた薬玉付きの飾り物ですが、あくまでも主に上の方に置かれた、柏の葉に囲まれた薬玉によって、邪気を祓うのを目的にした飾り物なのです。
しかし、飾り物である以上、あまりにも季節に外れたものを懸けるのも妙ですし、それで季節毎に懸け替える欲求やら必要やらが出て来るのは当然でしょう。
それどころか、出来るなら一月毎に懸け替えるのが理想的でしょうけれど、決して安価なものではありませんから、一つで間に合うように、四季の花全てを植え込んでしまい、どの季節でもそれ一つで間に合うような平薬が要求されるに至ったのは、商い上の解決策としても、理に叶ったことだと思います。
ともかく、四季の平薬に構成して欲しい花の種類をお聞きしたところ、花の大小やらの問題もあり、ご希望の花12種類では見映えの良い構成にはならなかったのです。
また、捨てがたい花が幾つもあったようでしたから、ならば望まれる花を全て入れてしまう盛り沢山さであろうと、違和感もなく下品にもならないというなら『行の薬玉』ほど相応しいものはないのです。
六角の板に真紅の羽二重を張り、その上にやはり真紅の羽二重で巻いた平薬の輪を載せたのを土台とし、それに花を植え付ける形式ですから、その真紅の六角が額縁のような効果になるのか、過度な華やかさすら落ち着かせてくれるのです。
しかし、そもそも知る人すら滅多に居ない絶滅寸前の有職造花ですから、それでも平薬を知るような方々ですら、『行の薬玉』を知る方は極めて稀ですし、勿論見たことなどあるはずもありません。日本中でも、『行の薬玉』をコレクションしている方など、ほとんど居られないでしょう。
そこで、オートクチュールを極める意味からも、希望の花全てを入れてしまうためにも、四季の平薬ではなく『行の薬玉』にされてはと提案したのですが、そんな『行の薬玉』を作ってみたいという私の望みが止められなくなったというのが、一番の理由だったのでした。
直ぐに作り始めたパーツといったら、
早春の花→福寿草、椿、カタクリ
春の花→牡丹(赤・白)、藤、桜、菖蒲、山吹
夏の花→卯の花、橘、蓮、常夏
秋の花→菊、白桔梗、紅葉
冬の花→水仙、紅梅白梅、
というもので、3枚の柏の葉で囲んだ薬玉も数えると、18種類もの花になったのです。
水仙とカタクリを除いたパーツが出来た夜遅く、どうにも我慢出来なくて、何やら途方にくれそうな数のパーツを植え込み始めたのですが、さすがに『行の薬玉』の事なのでしょう、どんどんこの上なく華やかな飾り物に、無理もなく出来ていきました。百花繚乱とはこういうものをいうのでしょうし、これこそ有職造花の醍醐味というべきものかもしれません。
水仙を植え付ける場所も上手く残せましたし、水仙は直ぐにでも出来るのですが、依頼者たってのご希望であるカタクリばかりは、私にとって初めての挑戦ですから、ゆっくりと楽しんで仕立ててから、何かの花の根元に隠して植えようと思っています。
この上なく華やかな花々の下に、とりわけ小さく仕立てた早春の可憐な花をひっそりと咲かす...きっと、今の季節の制作ならではの風情まで添えられた薬玉になるだろうなぁと、穏やかな気持ちで考えているのです。