掘り返す土鮮やかに残り居り
白木の墓標際立ち見えて
何もしていないと、気持ちが落ち込むだけですので、前から考えていた遡上する鮎をモチーフにした平薬を作っていました。
以前、白絹糸の束を清流に見立て、そこに木彫り彩色の鮎を置いた床飾りを作ったことがあったのですが、そこで使った絹糸は、西陣で帯の企画製造販売をされている『帯の藤原』さんから頂いたものでした。
その藤原さんから、また沢山の絹織糸を頂いたのですが、その中の白絹糸をふんだんに使えたからこその制作なのです。
渓流を図案化した何枚かの厚紙を台紙として、檀紙を貼った上に白絹糸を渡し、後から流れの下に覗く渓流の色として、薄い青緑の染料を部分的に挿し滲ませたのです。
帯を織った後には、随分余り糸が出るのだそうです。例え上等の絹であれ、余り糸は単に廃材として捨てられていたのを、心苦しく、もったいなくていた藤原さんですから、それがこんな風に役に立って甦るなど、想像だにしなかったと喜ばれるのです。それは私にとっても恩返しのような嬉しさに違いありません。
絹糸による渓流は、さすがに無理もあるでしょうけれど、結び目から先の半端な糸すら急流の飛沫に見立てたりと、余すところなく使ってあるのです。
鮎は、何時もの木彫り彩色です。飾り物のことですから、形も色も実物の描写ではなく、単純化された福田平八郎の日本画を写したのです。背びれや尾びれなどが鮮やかな黄色なのは、それ故のことなのです。
さて、渓流のある山奥の景色をどうしようかと考えた時、以前作ったオオルリと深山桜の平薬が気に入らずにいましたので、思いきって枝を引き抜いてしまい、それを使って、遡上する鮎の上に深山桜が咲く光景に仕立てたのです。予想通りに、深山桜の白い花と瑞々しい葉色によっても、清廉な山中の空気が描けたように思えもして、気持ち良く眺めていられます。
今年は、染井吉野も山桜も見ないうち、いつの間にか庭の藤が、花房をたわわに咲かせる季節に変わっていました。昨年、リンを肩に持ち上げて一緒に眺めた花水木も咲き始めています。
ふと思い付いた、新しい平薬のプランがあります。遠近による目の錯覚を利用する平薬なのですが、さてどうなりますことか。
近々取り掛かることになりましょうけれど。