今まで、高さ70㎝程にもなる大きな桜を2回作ったのですが、どうしても制作に1ヶ月近く掛かりましたから、そうした規模の立ち木を作るとなると、それなりの覚悟が必要なのです。
何せ花が1500ならば、萼(がく)も雄しべも1500必要で、その単調で面白くもなく、私でなければ出来ないというものではないものに、延々と時間を割かなければならない覚悟には、躊躇を乗り越える必要があるのです。花の鏝当てだけでも15000回なのですから。
それでも昨年辺りからか、大きな垂れ桜を作ってみたいと思うことが何度かあったのですが、そんなわけで踏み切れずにいたところに、突然垂れ桜の制作依頼が入ったのです。勿論、だからとなかなか思い切ることが出来ずに、即座に請け負うことなど出来ないでいたのですが、是非作ってあげてほしいと背中を押される方があり、やっと重い腰を上げたのでした。
私にとって垂れ桜の理想は、奥村土牛の描いた『醍醐の桜』なのです。それで、先ず3種類の絹を5種類の濃淡の桃色に染め分け、小さな蕾は赤に近い濃い桃色にすることとして、全体を引き締めるアクセントとするように目論みました。
染め上げた絹に和紙を裏打ちして型抜きすれば、花は1380。蕾の分を加えた萼を数えると、2100を超えていました。鏝当てして萼に貼り付け、雄しべを付けた花と蕾を小枝にまとめてみれば、それが約300です。試しに、垂れた枝に仕立ててみると、なかなかの美しさで胸を撫で下ろしました。
いよいよ木組みですが、垂れ桜の構造が何よりの課題だったものの、太い梅の幹を漁っているうちに、何となくイメージも出来て来て、何とか纏めることが出来ました。
ここでも幾度となく書いて来たと思うのですが、立ち木が良い出来になれるかは、恐らく98%とか木組みで決まるでしょう。思いきった太い幹を組み合わせたり、細い枝を下向きに固定したりして、自然に枝を垂れさせられるようにしたのです。
私の部屋は、連日の35℃超えですが、足元から扇風機の風を送っても、汗が滴ったりします。制作を始めてから20日ほどで、すっかり用意できたパーツと、台座も仕上げた木組みを前にして、いよいよ枝の植え付けを始めました。
途中で具合を見ながら、長い枝に短めの枝やらを結わえて、脇から枝の出て垂れる太い枝に仕立てては植え付けるなどを繰り返しても、僅かに半日ほどで植え付けが終わってしまいました。間口85㎝、奥行70㎝、高さ70㎝ほどの仕上がりでした。
立ち木制作で最も楽しい、ピンセットでの微調整を楽しみながら、台座に植える春の野の花を考えましたが、イモカタバミという清楚な花を早朝に一気に作って、太い幹の根元に植えて完成としました。
床の間に据えて撮影してみましたが、何時もながらに遠近を見せてくれない写真では、立ち木ならではの立体や空間が写し出されず、それでも華やかながらスッキリとした仕上がりは感じられるようです。
出来上がりの新鮮さが溢れているうちにお届けしたいとは願うものの、ひたすら大変なだけの荷造りを考えると、更に手離すのが惜しい気持ちが加わるものですから、恨めしい暑さを味方に付けたように、イヤだイヤだイヤだと腰を上げずの溜息ばかりでいるのです。