先月は、立て続けに辛いことばかりが起きて、『近頃のこと』を書く気力も失せていました。
数年前から、キリリと大気の緊張した冬を待ちわびるようになった私は、取り分け雪景に惹かれ続けているのです。先月の、落ち込まざるを得ないような日々が、殊更そうさせたのかもしれませんが、いつか見た、厳冬の雪に埋もれた深山の枝に、一羽の烏が止まっているという『雪中烏図』が頭に浮かんで離れないのです。
究極に色彩が限定され、音一つだに聞こえない静寂と極寒の世界は、版画や日本画では幾つもモチーフにされているのですが、私もそれを平薬にしてみようと思い始めたのでした。
しかしそれは、雪と烏だけの世界ですから、有職造花の平薬といいながら、有職造花の一つもない作品になるのです。有職造花の見られない有職造花平薬とは、甚だ妙なのですが、そうであろうとなかろうと、もう作らないではいられなかったのと同時に、その衝動ばかりは消したくなかったのです。
先ず、梅の枝を深山の木々に見立て、普段は使わないような細い枝まで使って木組みし、それに雪を降らせます。膠(にかわ)を塗っては荒い方解末を振りかけ、乾いてはまた部分的に膠を塗って降り掛けるという作業を繰り返すと、やがて極寒厳冬の山中雪景が仕上がります。
烏(カラス)は前に一度作っているのですが、今度はもっと戦闘的な、荒ぶる烏を目指しました。入り組んだ小枝に邪魔されたりで、予定した枝に烏を止まらせるのは中々厄介でしたが、最初から重心を考えて木組み構成したのが幸いしたのか、烏を乗せても重心が片寄ることなく済みました。
こんな平薬が飾り物としての役割を果たすことはないでしょう。ただ、平薬という一種のレリーフ的な造形から、こんなものも出来るとのサンプルにはなるかもしれませんが、そんなことはどうあれ、作らずにいられなかったものを作ったというだけのこと。役割など、私にはどうでもよいのです。
打って変わって、贈答にしたいという依頼から、華やかな正月の熨斗飾りを作りました。この紙包みで松竹梅の熨斗飾りを作るなど、随分久しぶりのことなのですが、ちょっと改まった進物にしたいとの要望でしたから、一層の瑞々しさを狙って、若松仕立てにしました。紅梅をピンクにしたため、上品で穏やかな表情の熨斗飾りに仕上がったように思います。
全く違った飾り物が、一人の人間の手から同じ時期に生みだされる。理不尽極まりない幸、不幸。幸運、不運というのも、同居する運命の片方が、選び出されてしまった結果というのでしょうか。
ぼんやりと雪中の烏を目にしながら、完成の喜びよりも、完成と同時に襲われる空虚さに苛まれるままでいるのです。