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■ 近頃のこと

2020/07/17

五節句の平薬

料亭のお持たせを入れる袋に、モノクロで印刷するという図案を見せて頂いたのです。著名な博多人形師の息子さんに描いて貰ったとのことでした。

昔の『引き札』のような恵比寿さんが、五節句の花で飾った輪の中で鯛をさばいている図なのですが、周囲の花は、人日→雪を被った根引き松、上巳→桜橘、端午→菖蒲2輪、七夕→笹竹に短冊、重陽→玉菊5輪という構成でした。

それに私は、ジッとしていられないような制作意欲を感じてしまったものですから、せっかくの図案なのだし、年末年始の飾りとして、恵比寿さんからまな板の上の鯛まで、立体化することも出来なくはないと話したのです。

すると、恵比寿は主人である自分を見立ててのものだろうけれど、中は全て要らないので、五節句だけの平薬が出来ないかと仰るのです。勿論こちらは、それに越したことはありません。

出来るだけ図案通りに作りたいと思ったのですが、輪の中が空いてしまうわけですから、どうしてもそれを補う構成になることを承知して頂いて、直ちに制作に掛かったのです。

桜橘は言うまでもなく、菖蒲、笹竹、玉菊は何度となく作っていますから、制作には何ら問題もないのですが、厄介なのは雪かぶりの若松なのです。

絹糸で作る若松ですから、柔らかに過ぎて、雪に見立てた綿を乗せることが出来ませんし、そもそも有職造花としては、綿を乗せて相応しいとも思われません。

さてどうしたものかと心配した割りに、さほど考えることなく閃いたのが、松にするため緑に染めたスガ糸ではなく白絹を使って、1本の松葉になる根元3分の1程を緑に染めて針金に巻き付ければ、うっすらと雪のかぶった若松になるのではないかというプランでした。まぁ上手くいったのではないかと思っています。

凝ったのは、5つの玉菊もなのです。図案には黄色の菊が2つ描かれているのですが、同じものを2つ作っても芸のない話ですし、作者の意図とも思われません。

それで、日本画にもよく登場する、花びらの内側が鮮やかな赤の菊に仕立てたのです。品格を高めるため、若干金色に見えるような黄色に染めて和紙で裏打ちし、裏に紅絹を貼ったのです。

同じように、赤紫の菊の内側にも絹サテンを貼って、重なった花びらの合間から覗く裏を印象付けようとしたのですが、花びらが細過ぎたりして、こちらはさほどの効果も得られませんでした。

ところで、こんな紫の菊があるのかどうか、そもそも図案ではこれほどの濃い色に描かれているわけではありません。5つの玉菊の色を見ていて、これは五色糸の6色、すなわち紫、白、赤、黄、緑の五色に桃色を加えた、陰陽道に基づいた発想なのではないかと思ったものですから、それで紫にしたのです。

さてさて仕上がってみれば、これ以上ないほどの品格になりました。実をいうと、この仕上がりには、巨大な橘の立木が出来上がった時と同じほど満足しているのです。

あまりに改まった平薬に出来上がりましたので、紙包みの下花を付けようと考え始めているのですが、どんな花やらを包んだら妥当なものか、まるで思い付きません。

本当の難題は、出来上がってからやって来たのでした。

五節句の平薬の若松のアップ

五節句の平薬の菊のアップ

五節句の平薬の全体

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