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■ 近頃のこと

2020/09/01

夕顔夜顔

『柴田是真の植物図』という本を手に入れて、早速開いてみれば、輪の中に様々な植物が描かれていて、あたかも平薬の図案のようなのです。

これは、東京藝術大学が所蔵する、戦災で消失した明治宮殿内の千種之間と呼ばれた百四十畳相当の広間の格天井に張られていた綴錦の下絵なのだそうで、成程だからこそ極めて装飾的、且つ様式的なのでしょう。

しかし、下絵ならではに植物の描写は正確を極め、写真では分からない細部が描き尽くされているために、花や茎などの成り立ちが手に取れて知れますから、平薬制作の参考になる事この上ないのです。

天井の格子の中、それにピッタリと嵌る輪の中に花などが構成されているため、平薬のように立体で造り上げる物には、そのまま図案になり得ることはないのですが、葉や実が茎からどんな風に出ているだとか、花や蕾がどんな構造になっているか等々、その正確さによって安心して確認出来、十分に知ることが出来るのです。

今年の夏の暑さといったら、毎日毎日の日照りで、庭の植物が枯れ始める始末。エアコンを使いたくない私など、間近な風上に置く扇風機を離せず、制作の下拵えをしていても、腕にも身体にもじっとりと汗が滲み出てくるのです。

1日に3度も風呂に入って暑さをやり過ごしていたところに届いたこの本を捲るうち、夕顔というページに惹き付けられてしまいました。

ヘチマのような瓜の下がる棚の下に、夫婦と幼子が寝転んで涼んでいる昔の絵がありましたが、そこに描かれた蔓植物こそが夕顔だったのです。

そしてその夕顔とは、干瓢なのでした。

ならば、夏の夕闇に大きな白い花をいくつも咲かせるのを夕顔と呼んできたのは、どうやら夜顔というのだそうです。

執拗な暑さを押して、私はその夕顔を作りたくて堪らなくなってしまいました。ぶら下がる干瓢そのものは木彫彩色の事ですし、葉も蔓植物にありがちなもので、別段の興味はないのですが、私が作ってみたかったのは、花弁に行く幾筋もの葉脈のような線のある小さな白い花で、それこそが柴田是真によって綿密に描かれた図に触れてこその収穫なのでした。

勿論、蔓(つる)好きな私ですから、蔓の先端や葉の付根に伸びる瑞々しい巻き髭の種類にワクワクしたのは、敢えて語る必要も無いこと。ぶら下がる干瓢の先端に、受粉した後に黄ばんで残る花の残骸こそを、鏝当てに工夫を凝らして作ってあるのが私の有職造花というものです。

そんなこんな、ひたすら制作を楽しんだ割に、さしたる出来にもならなかったのは、紛れもなく際限もない熱暑のせいだと決めつけて涼しい顔でいるのですから、これも暑さ避けのうちというもの。

ならばと、『納涼』と名付けておいたのです。

柴田是真の植物図 夕顔

納涼の干瓢に寄った画像

納涼の全体を捉えた画像

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