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■ 近頃のこと

2020/09/30

真綿と河柳と

恥ずかしながら、ついこの間まで真綿とは弾けた綿の実から集めた、木綿綿とばかり思っていたのです。

先日、重陽節の菊の被綿(きせわた)を作れないかとの問い合わせがありました。赤や黄に真綿を染めた被綿が欲しくて、色々と頼んだりして来たものの、届いたものは異様にチリチリだったとか、ちっとも思うものが出来ず、それで私への問い合わせになったのです。

被綿を使うのは来年のことなのですが、考えついた染め方で本当に出来るのかどうか試すのに、インターネットで真綿を取り寄せて初めて、真綿とは絹100%の繊維だということを知ったのでした。

どおりで大河ドラマとかで見る、木綿以前の布団がやたらにぺしゃんこだった筈だと目からウロコ。更に、祝言ですっぽり被った綿帽子というものの造りへの疑問も、瞬時に払拭されたのです。

そうと知ると、これを中綿にした布団などあまりに贅沢な代物。庶民に使えた筈もないと思い至れば、木綿が登場する以前の庶民の冬の暮らしというのは、想像を絶する寒さだったのではないかと、改めて実感させられたのです。

その真綿を見て、触って、どうしたら解れるのかとかあれこれしているうちに、これを針金にクルクルと巻けば、春先の光を集めた猫柳の花穂に見えるのではないかと閃いたのです。猫柳で早春の平薬を作るのは、長い間の念願だったのです。

猫柳には、祖母との早春の思い出が強く残るのです。当時、家の門近くに一本だけあったのですが、春先になると背の低い柔らかな枝に、ウサギのような花穂をビッシリとつけたものでした。とうに枯れて数十年も過ぎたというのに、毎年春めいてくる度、そこに白い花穂を沢山付けて甦って見えるのです。

花穂にはやがて、小さな黄色の粒々が飛び出して表面を覆うのですが、それが花粉を飛ばす雄花なのだとか。黄色といっても、近くに寄ってみてのことで僅かな色彩でしかないのですが、春彼岸の頃といったらとりわけ墓参りの花がなく、そんな猫柳ばかりを祖母と一緒に20以上も束ねて持って行ったのです。子供心にも粗末な花束の僅かな黄色なのでしたが、江戸時代からの墓石まで居並ぶ山の上の古い墓地に、早春の証は確かに届けられたのだと思うのです。

柴田是真の描いた天井画の図案に、河柳というのを見つけました。白い花穂も、それを覆っていた赤茶の表皮が弾けたり残されたりも猫柳と同じなのですが、枝の先端に僅かな赤みを帯びた葉が4、5枚付いているのです。そうした様子が温かな色彩で描かれているものですから、ずっと作りたくていた猫柳のイメージと重なってしまい、真綿で仕立てた60ほどの花穂で、直ぐに河柳の平薬を作り始めたのです。葉がある分、平薬の構成に変化も色の対比も加えられる相応しさがありました。

小さな芽は30ほど、赤茶と黒茶の絹を直径3mm程の丸に切り出し、鏝で膨らませた4つを1組にピンセットで貼り付けて作りました。

菊の被綿依頼から、思わぬ展開を真綿が運んでくれたのでしたが、そうして出来上がった河柳の平薬には、幼い頃の思い出まで紡がれたのです。

真綿と河柳と 図案

真綿と河柳と パーツ

真綿と河柳と アップ

真綿と河柳と 全体

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