今月29日から飾りたいのだと、1辺が15cmの板に高さ30~45cmの菖蒲5本が、水辺に咲いているように植え付けた有職造花を5組作って欲しいという依頼があったのです。
八ツ橋を渡した中に点在させて飾るのだそうですが、それが19日のことなのですから、如何に手に入った菖蒲作りといえども、さすがに気の急く制作だったのです。
いつものように、濃い紫の花から純白の花まで5種類の構成にして、やはり構成に変化をもたらすため、1組に2つずつの蕾も加えました。
菖蒲の花は、萼(がく)まで含めると14のパーツで出来ているのですが、しかし菖蒲作りで大変なのは、花よりも葉の方なのです。
葉は、主葉脈とする針金を間に挟んで、裏表に絹を貼らなくてはなりません。
その時、接着用の糊で汚さないよう、とても気を使わなければならないとか以前に、何より染め色も切り揃えも、スッキリと潔く仕上がらなくては、端午の節句飾りにならないのです。
それでも、ともかく23日には何とか5組を仕上げられました。
ほぼ実物大である菖蒲の植え込みなど初めてのことでしたから、記録のためにも撮影しておこうと、いつになく改まって金屏風の前に据えてみれば、花の青紫と葉の鮮やかな緑の色彩対比が、いかにも凛とした佇まいに見えたのです。
それに気を良くしたまま、大きな箱5つにもなった荷造りまで終えられたのでした。
納品の翌日、また手持ち無沙汰になるのが嫌で、何か平薬制作のヒントでも得られないものかと、昨夏手に入れた『柴田是真の植物図』を久しぶりにはぐってみたのです。
すると、前から気になっていた『白蓮』のページで、直ぐに手が止まってしまいました。
今、NHK朝ドラの再放送で『花子とアン』が放送されているのですが、ヒロインの腹心の友が蓮子といい、歌人としての名前が白蓮というのです。
その役柄にも、柴田是真の描いた白蓮にも、どこか言葉にし難い切なさのようなものが漂っているのです。
双方を何となしに忘れられずの、思い掛けない白蓮繋がりに、制作を促されたということでしょうか。
早朝から深夜までの制作だったとは言え、僅かに丸一日で出来上がってしまいました。
白蓮には、比較的シボの粗い、古びて少し黄ばんだ丹後ちりめんを選びました。
ずっと丹後ちりめんに惹かれ続ける私は、様々なシボの丹後ちりめんを何種類か持っていて、今までも特別な制作には、そのモチーフに合わせて使い分けて来たのです。
黄ばみといったら聞こえが悪いのですが、取り分け丹後ちりめんの経年黄ばみは、絹ならではの美しさそのものに思います。
そしてそれこそが、私にとっての白蓮にも、柴田是真の描いた白蓮図の印象にも、最も相応しいものだったのです。
図の通りに花弁を小さく、数多くに仕立て、更に筋鏝で細かな縦筋を入れましたが、葉にも丹後ちりめんを使いました。
花弁よりも、少し細かいシボの丹後ちりめんを深い草色に染めると、あたかも黄ばんだ白絹を引き立てるように色彩対比が際立ったのでした。
平薬の構成は、威厳ある美しさを内側に秘めるような白蓮ならばこそ、出しゃばらさせてはならないのではないかと、表に出した葉の下に、大きな花を隠すように埋もれさせたのです。
黄ばんだ白は、亡き愛猫リンの毛色でもありました。
陽の光を浴びたリンは、金色(こんじき)に見紛う不思議な色に輝いたものです。
この22日は、リンの三回忌でした。
完全に息を引き取った6時59分に、2台のスマホのタイマーを合わせて鳴らしました。