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■ 近頃のこと

2021/06/05

徳川将軍の婚礼飾りを復元する

本来、それが無ければ結納や婚礼が成り立たないという『奈良蓬莱』なのですが、私のコレクションこそ、恐らく日本でたった一つの奈良蓬莱でしょう。

何しろ、幅120、奥行60、高さ172cmという巨大な奈良蓬莱を、何はともあれ復元(?)してみてから、既に20年を過ぎるのですが、2013年に古本のカタログで『御婚礼諸御祝式之図』という巻物を見つけるまで、婚儀の場の床の間に置かれるのは、奈良蓬莱一つとばかり信じていたのでした。

『御婚礼諸御祝式之図』は、徳川将軍の婚礼に用意しなければならない、夥しい飾り物などの用具を描いた巻物なのですが、いったい葵の御紋が付いた三宝が何十並んでいたことか!

しかし一瞬で目を疑わざるを得なかったのは、奈良蓬莱と並べて描かれていた、奈良蓬莱と同等の規模に見える、華やかな造花の飾り物だったのです。

それは、そもそも奈良蓬莱の復元に際して、寸法の根拠となる記述が得られた『類聚婚礼式(明治34年東陽堂発行)』にすら、そんな婚礼用具の記載など全くなかったものだったのですから。

奈良蓬莱同様に、大きな洲浜台の上に六角台が置かれ、その上に蓬莱山の如く紅梅白梅、橘、椿、そして桃がそびえ立ち、六角台の前には紅白のヤブコウジと、ひとつがいの鶺鴒が向かい合わせて置かれているのです。

六角台に橘、椿の花、桃の実が全て6つずつと偶数の6尽くしというのも妙なのでした。
こうした類いといったら、奇数の設定が殆どなのでしょうから甚だ不可解なのですが、とにかく婚礼用具とやらの図を羅列しているだけの絵巻で、一切の説明も寸法の記載もないのです。
そもそもこれは何を意味したもので、何故奈良蓬莱と同格に並んでいるのかなど、まるで分からないのです。

仮に奈良蓬莱と同じ規模だとしてみると、この図の不正確極まりない下手くそさを踏まえてさえ、桃や橘の実ならば、実物以上に大きなものになるのは奈良蓬莱でも同じ事とはいえ、椿の花が大きすぎてしまうのは、許容を超えて腑に落ち兼ねてしまうのです。

しかしそうであろうとも、これを復元してみたい気持ちを消せないで来たのです。
六角台や洲浜台、三宝はともかく、有職造花、桃や鶺鴒の木彫彩色といったら、私には一人で出来ることでしかありません。

勿論、巨大な奈良蓬莱と同じ規模のものを作るのは、置き場所の問題からしても無理なのですから、ともかく縮小したものにすると決めました。
ならば、婚礼用具の肴台のために用意した、1辺が30cmの三宝があるので、それを使おう。
すると、洲浜台の幅は60cmではどうだとか、手元に有るものを利用するという基本姿勢でするする考えれば、直ぐに奈良蓬莱の半分程度の縮小に辿り着いたのでした。

復元といっても、図が図のことで意臨のようなものなのですが、さっさと作業は進んで、紅梅350輪に白梅120輪程が出来てしまえば、後はスムーズなものです。
六角台や洲浜台は、そもそも私の仕事ではない範疇として、桐の白木の仮拵えに留めることにしたのですが、極彩色の亀甲や若松が描かれるらしい三宝については、決して趣味の良いものとは思えず、とても復元する気にはなれなかったのです。

出来上がった画像を人形研究家の友人に送ってみると、直ぐに電話がありました。
いくら何でも品が良すぎて、公家の飾り以外の何物でもない。きっと、徳川好みの飾りといったら、こうしたものでは無かったんだろうなぁとか。
きっとその通り。
作った本人もそう思うばかりでいるのです。

巻物図

パーツ

鶺鴒

完成品

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