以前、制作を断念したと書いた巨大な桜の立木制作なのですが、もう少し規模を縮小したものでも良いし、来年2月末の納品という、長い制作期間の設定でも作って貰えないだろうかと言われたのです。
立木の成り立ちを見直してみれば、高さが1.5mと言っても、伸びた枝の先端がその高さであれば良いのですし、そもそも桜といえば山桜と思うのは私の感覚で、一般的には満開の染井吉野でしょう。
山桜でないとなれば、難関だった5000枚もの葉作りが消えるのですし、すると工夫次第で作れないこともないのではと、考えが改まり始めたのでした。
更に、これから先いつまで制作を続けられるかなど、もはや呑気でいられるわけでもなく、ましてやそんな大作の制作といったら、気力、そして体力からしても、最後の機会なのかもしれません。
しかもそれを依頼によって作れるというなど、生涯に一度あるかどうかの千載一遇さなのではないかとか、ここまで有職造花制作の道を歩んで来ての一先ずに、その集大成としても是非引き受けてみてはどうかとの助言もありました。
何よりもその通りなのです。
幾種類もの膨大なパーツ作りに見通しが立った訳でもなかったのですが、覚悟を決めたこの6日から、先ずは丹後ちりめんの一越(ひとこし)を使った花を、いきなり作り始めたのです。
花と蕾で、約10000もの萼(ガク)作りに助っ人が得られてなお、とりわけ厄介な雄蕊(オシベ)制作が立ちはだかるままなのです。
雄蕊は、漂白した腰の強い植物繊維を材料にしています。それをある程度の太さに束ね、極細の針金で7mm位の間隔で括るのですが、1000回も針金を捻り続けると、画像のように爪が削れてしまいます。
雄蕊に施す花粉は、日本画の山吹の岩絵具です。ボンドを付けた指先で繊維を開き、乾かないうちに岩絵具を施しては切り離す。それを7000程作らなければなりません。
こんな風に、染井吉野立木の制作は、下拵えの作業ばかりが遥かに先まで続くのですが、そもそも有職造花制作とはそんなものなのです。
萼と雄蕊を付けた花や蕾を5つずつまとめるパーツが2000。それで仕立てる小枝は、700近くになるでしょうか。
それが出来上がってやっと、極めて肝心な木組みに取り掛かれるのですが、仕上がった木組みに小枝を植え付ける作業は、3日と掛からないでしょう。
全ての植え付けが終わってから、ピンセットで花や枝の角度を手直しする、その暫くこそが、忍耐の果て最後の最後に得られる至福の時なのです。
完成など何時になるやら、遥かに先のことなのですが、徐々に徐々に近づいて来るのだろうその時ばかりを思い描きながら、夏中を費やして行くのでしょう。