幣帛(へいはく)とは、時の天皇が伊勢神宮に奉献する、黒、白、赤、黄、緑という五色の絹布とか。
人生は思いがけない展開に恵まれるもので、それが私に辿り着いてくれたが故に、惜しげも無くそれだけで『真の薬玉』を作ったのでした。(9/23『近頃のこと』)
これも前に記した通り、御所人形の小道具として、直径3寸程の草の薬玉(球体)を作った時、赤い皐月に幣帛を使えば、堅固な染め色ゆえか、別格感が漂ったのでした。
丸平さんもお気に入りだったようで、それで直径一尺とかの大きな薬玉を作ったら、さぞ見映えがするだろうとか話していたのです。
茱萸囊や真の薬玉、更に平薬までお買い求め頂いた方が、わざわざ支払いに来訪下さった時、こんな物が到来したのだと幣帛をお見せしたのです。
それから、真の薬玉をお求め頂いたばかりなのに、これをご覧に入れるのは気が引けるのだけれどと、その後幣帛だけで作ってみた真の薬玉をお見せしたのです。
感性の響き合える方とは、瞬間に通じ合えてしまうもので、それを見た途端の表情と反応といったら、まさに我が意を得たりというばかりのものでした。
それで、小道具の小さな薬玉の写真も見せ、これの大きなものを幣帛だけで作ったら、さぞかし見事なのではないかと丸平さんと話したのだと言えば、即座にそれを作ってくれませんか!と仰るのです。
私にとって、有職造花制作は職業ではありませんし、望まないものを押し付けるのは嫌ですから、決して営業トークではなく、気を許した雑談のつもりだったので、至極戸惑ってしまいました。
球の表面積は恐るべしで、直径1尺ともなればパーツの量は半端ではない。高くつきますよ?と念を押したのですが、それでも欲しい。好きなように作ってくれたら良いからとまで仰るのです。
土台の球は直径25cm、それに紅白の皐月を植え付けると直径は33cm。更に突き出た蕾と、赤、黄、黒3色の薬玉の先端までならば、仕上がり直径は35cmを超える規模なのです。
真の薬玉で必要な皐月が、赤11白10の21花に対し、黄緑の羽二重で覆った薬玉本体を同じ大きさの皐月で埋めるには、何と160花も必要なのでした。
問題は、値上がり続きの絹紐にもありました。
何しろ本体がその大きさですから、下に2mも垂らす絹紐は、直径5mmの太い紐でなければならず、最低でも30本は必要なのです。
平薬などに使う京都製の撚り紐では、それだけで数十万にもなるでしょうから、木綿の芯に絹糸を被せた、紫白赤黄緑桃6色の唐打ち紐を石川県から取り寄せたのです。
それでも仕入れ値は60000円です。
各10mを2mずつにカットした6色30本を、円周15cmほどの木筒に貼り付け、それを薬玉の本体に埋め込んで完成としました。
早速金屏風の前に下げてみれば、これも幣帛だからこそかと思わざるを得ないほど、豪華というよりも荘厳というに相応しく見えたのでした。
尚、下げ花が山吹なのは、幣帛で出来る端午の頃の花と考えて浮かんだのが、黄色と緑の幣帛で出来る山吹だけだったのです。
さてもう1つ、瓶子の口花の依頼がありました。松竹梅でとのご要望です。
たいていの口花は左右対称にしますが、松竹梅を一対の瓶子に挿すなど面白くもない。また、老松の口花は出来ないものかと思い付いたのです。
そこで、左を格上とすることから、向かって右の瓶子には老松のみ。左に竹と紅白梅を挿したのです。
これならばそのまま、長柄の銚子(老松)、加えの銚子(竹梅)の飾りにもなるだろうと、とても気に入っているのです。