ごつい梅の幹を使って木組みしてありますが、そもそも最初は、藤の絡む松を仕立てるつもりだったからなのです。
松に藤の平薬は春に作ったばかりでしたし、両方とも手馴れたものですから、先ずは松をと緑に染めたスガ糸を括り始めた途中で、枝に止まっていようが、上空を飛んでいようが、雲雀に松は合わないのではないだろうかと思い始めるなり、松作りはやめてしまったのです。
そもそも雲雀は、麦畑に広がる高い空とか、春の花咲くうらうらとした野山に飛ぶイメージは、西洋文化にすら共通するものなのですし、雄々しい松などいうまでもなく、藤の花ですら組み合わせに相応しいとは思えないのです。
そもそも、定家が花鳥の2首を月毎に詠んでいても、その歌はといえば、花は花、鳥は鳥と独立した歌であり、関連するのは『何月』かだけの事ですから、1つの平薬にそれぞれの花と鳥を載せるのには、本来無理があるのです。
例えば11月の『枇杷に千鳥』など、川に飛ぶ千鳥と川辺を好むわけでもない枇杷の木を組み合わせるのは、所詮妙な話でしかありませんし、5月の『菖蒲に水鶏』は、鳥の歌に詠まれている組み合わせで、花の歌に詠まれた橘は、全く触れられないのです。
ならば、橘と水鶏を組み合わせられるかといったら、それもピンと来ませんから、有職造花が公家育ちだなどとか言ってみたところで、所詮は飾り物として商品価値の有る物になるかならないかという前提ばかりが露呈するのです。
それやこれや、何のかのあるにはあるのですが、限定とか制限というのは、それなりに逆手に取れるもので、だからどうしたと開き直って愉しんでしまえることこそ、作る者だけの役得なのだろうと思ったりするのです。
松に見立てた木組みをそのままに藤を巻き付け、雲雀を飛ばすために空を大きく取った構図にしましたが、5輪ある花房の内、垂れた2房だけは揺れるように仕立てました。
雲雀は、小御所の襖絵に描かれている雲雀を写しましたが、下から見上げたアングルも好都合で、図鑑では得られない装飾化された彩色の参考として、とても助かりました。
雲雀の特徴らしい、頭の上にツンと伸びた羽を少しだけ強調して、得意げにオシャレな彼としてみたのですが、口に咥えているのはスミレの花です。
定家は花の歌で藤を詠み、鳥の歌ではスミレを詠んでいるのです。
雲雀は、悪さをして地上に追放されたのだそうで、空高く登って大声をあげるのは、天上の神様に許しを乞い続けているのだとか。
ならば、春の野にいち早く咲いたスミレのひと花を届けようと、咲き乱れる山藤など目にも入れず、一心に空を昇る雲雀と見れば、背後の空がより高く見えるように思います。