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■ 近頃のこと

2024/05/10

一汁一菜

ほうれん草は、吸い物、味噌汁、胡麻和え、バター炒め、グラタン等々、どんな調理でも美味しいのですが、サッと茹でたのに削り節を山ほどかけて、醤油で食べるというシンプルそのものが、私にとっては一番なのです。

先日もスーパーで、冴えない袋詰めの方のほうれん草が一際みずみずしく、それが目に入るなり食べたくなって、即座に買って夕食に載せたのですが、久しぶりでもあり、そればかりに箸を伸ばしている自分に気付くなり、ふと『一汁一菜』という言葉を思い出したのです。

時代劇での食事の支度のシーンというと、竹笊の青菜を茹でる場面が多く見られますが、一汁一菜というのでしょう、膳の上にあるのはその茹でた青菜に味噌汁と漬物程度。削り節すら無い青菜にかける醤油の助けで、ひたすら米の飯を掻き込んだのでしょう。

大正8年生まれの母が話していたのですが、昔は九十九里浜からイワシを売りに来たもので、すると1箱単位で買っては全部を大鍋で煮物にし、その日からそれが無くなるまで、来る日も来る日も煮かえしたイワシばかりがお膳に載り続けたというのです。

とりわけ農家の女性の労働といったら、掃除洗濯に育児から舅姑の世話と、日常の繰り返しに農作業が当たり前のように加わるのですから、食事の支度に時間を割くなど、許される、また、捻り出せる訳も無かったでしょう。

用意されて食する側にしろ、いわば『労働を持続させるための任務』で、ただ黙々と『摂取』するというもので、食を楽しむなどという類では更々なかったのではないかと思うのです。

食事中に口など利くものではいなどというのが、それを示しているようにも思います。

鹿児島県にある喜界島で、戦前に毎日の食事を記録された方がいるのですが、その味噌汁の記録を見るだけで、季節が知れるのです。

玉菜(キャベツ)、玉菜、玉菜、玉菜、茄子、茄子、茄子、茄子と、連日同じ汁の実が連なるからなのです。

時折、豚の脂身の入った汁が混じったり、その程度でもご馳走だったようで、ひたすら繰り返される同じ汁には、さすがに不満を口にされた事もあったようですが、勿論それは男からのこと。

食事を整える女性達にしろ、気持ちは同じだったに違いなくても、だからといってどうなったものでもなし、不満の言葉を耐え忍びながら、黙って箸を動かすだけだったのでしょう。

それが誰だったか分からないのですが、明治20年代で既に老齢だった女性の随筆のような文章に、『近頃は食事が贅沢になって嘆かわしい』というようなことが書かれていたのです。

いったい、『日々の食事など、こうしたもので良い』とする、彼女の送ってきた食生活とはどんなものだったのかと考えれば、味噌汁と香の物以外は、ほうれん草をただ茹でたもののみというような、それこそ『一汁一菜』そのものだったのではないだろうかと、そんなことを思ったのでした。

分不相応な飽食の中で、茹でたほうれん草をただ醤油に浸して食べるのを美味しいと思うのと、膳にそれしかなくて食べるのとの違いは、そもそもとんでもなく違うのです。

よくぞ徴兵制度のない、食生活を謳歌出来る国に生まれられたものと、よくよく恵まれた時代に生を受けられたものと、その幸運を想っては、ボーッと日に日に緑濃くなる窓の外に目をやるのです。

さて、近頃とんとオリジナルの平薬作りに興味が湧かず、面白いものでそうなると伝統的な有職造花を作りなるのは何故なのでしょう。

さるところから『茱萸嚢』の質問があったのでしたが、すると突然作りたくなってしまい、さっさと仕上げれば、わりと出来が良いので気を良くしていると、今度は『行の薬玉』が作りたくなりました。

これもそれなりに出来がよくて気を良くしていれば、雛道具の『嶋台』制作の依頼が入りました。

七番御引き直衣立像の間に、幅5寸の洲浜台に載せて置きたいとのよし、少し大きめに作りましたから、松の頂上に鶴を1羽だけ加えてみました。

何やかや、人との関わりが嫌になってしまうばかりの中、猫と共にある制作だけは、つくづく変わりのない安堵の世界です。

何やら眠くて眠くて、しばし浅い微睡みに身を任せることに致します。

茱萸嚢

行の薬玉

嶋台

根元

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