月毎に興味深い制作を依頼して下さる方から、七寸五人官女の前に置く小道具として、幅4寸の洲浜台に載せる肴台(さかなだい)3種(押台、富貴の台、控台)の制作依頼があったのです。
肴台とは、婚儀の場で婿嫁やらの前に置く、決まり物を載せた三宝や洲浜台なのですが、私が初めてそれを知ったのは、昭和初期に発行された、婚礼に関した本をめくってみた時の事です。
そこにあった肴台の図自体は何ということもないのですが、その美感や感性というようなものに、私はすっかり惹かれてしまい、ほどなく多少コンパクトではあるものの、忠実な復元を試みたのでした。
それから10数年後、実際の祝言に並べる肴台を初めて制作した時(『婚礼の有職造花』参照)、それは一辺が30cmという大きな三宝に載せる有職造花で、高さは60cmにもなったのです。
奈良蓬莱をはじめとして、婚礼用具の資料となると、身分や地域によって、儀礼や風習自体があまりにも多様な上に、伝わり方も曖昧に過ぎますから、それぞれが『 ある時代、ある場所での一例』というに留まらざるを得ないように思います。
嫁の前に置かれる『富貴の台』は、そもそもが語呂合わせでしょうから、石蕗(つわぶき)を含む『蕗』が決まり物なのですが、婿の前に置かれる『押台(おさえだい)』は、稲穂こそ共通しながら、鶺鴒(セキレイ)の有無によって、『鶺鴒台』との別称が有ったりするのです。
待女臈(まちじょろう)という、嫁を婚家に導き入れる役目の女性の前に置かれる控台(ひかえだい)は、子孫繁栄の意図からか、芋を宿す植物が使われることが多いようで、沢瀉から里芋までその多様さは、季節や地方の自然環境によって、替えざるを得なかったからではないかと考えています。
そもそも肴台3種に盛られる植物は縁起物で、実物を用意出来ない時期の祝言もあるのですし、ましてや生きた鶺鴒を置くわけにはいきませんから、婚礼の場をより華やかに演出するためにも、それらを有職造花や木彫り彩色で誂えるようになるのは、至極当然だったでしょう。
私が30数年の内に作った『肴台』の揃い物といったら、今回のを含めても僅かに3組。勿論同じ物などただの一つも無いながら、小道具のようなサイズとなると厄介なのが押台なのです。
大きさの比率から、実物の稲穂を使うことが出来ませんから、僅かに1.5cmばかりの稲穂を、造花で仕立て上げなければならないのです。
そんなこんな、依頼者さんから送られて来たイザナギ・イザナミの人形画像を見ながら考えていると、突然いつものように閃きました。
⋯と言っても何ということはない、造花材料の極小粒を細い針金に括り付けて仕立てた小さな稲穂を、鶺鴒の1羽に咥えさせただけのことなのです。
ともかく辛うじて、『稲穂に鶺鴒』という押台の条件をクリアして、小洒落た出来栄えに些かご満悦というわけなのです。