挿頭(かざし)とは、上古の日本人が神事に際して髪や冠に挿した草花の事とか。
儀式によって使われる草花が違ったとか、幾分個人の趣味や志向が反映されたりしたところで、本来はあくまで装身具とは違う、儀礼の道具という位置付けではあったようです。
挿頭には元々祭りの場に生えている草花が使われたのだそうですから、葵祭の際に冠に飾る葵の葉が、それそのものなのでしょうけれど、神さんへの感謝を表しながら、季節や自然にも添おうとしたのか、野の花を手折って挿し飾ったりもしたというのですから、いかにも風流です。
花飾りといえぱ、ミラノ・スカラ座のトップバレリーナだったカルラ・フラッチが、かつて日本公演の際のパーティーに現れた時、鮮やかな黄色のフリージアを束にして、アップした髪を貫くように飾ってきたことがあったのです。
勿論西洋の感性なのですし、何しろシルフィードの化身のようだった彼女だから出来る髪飾りであり、季節を先取りした花束の美しさ以上に映えさせられるのも、彼女だからこそなのかもしれませんが、あれはあれで挿頭と共通した美感たり得て思えたのです。
それにしてもよくもまぁ、挿頭を男の冠にまで及ばせたものだと感嘆しながら、一度は本物の挿頭を有職造花で作ってみたいと、私は長く願い続けて来たのです。
私の丸平コレクションのうち、『二番女雛立像』、『馬上の大将』と共に、3本の指に入る『武官立像(仮称:源三位頼政賜御剱)』が手に入った時、直ぐに『菖蒲の蔓(あやめのかずら)』を身長の比率から、『九暦』に記載された菖蒲の寸法を縮小して再現着用させたのでしたが、その他にも季節の挿頭として、藤、卯の花、桔梗も作ったのでした。
そんな私に突然本物の挿頭の制作依頼が舞い込んだのです。
さる神社からだったのですが、来春行われる御鎮座の式年奉幣祭で、宮司以外7人の祭員の冠に挿頭を著用させたいのだけれど、式年祭の格から相応しい桜橘の挿頭を制作してもらえるだろうかとの問い合わせなのでした。
イメージは即座に頭に浮かびましたし、思いも掛けず長年の願望を叶える制作依頼が飛び込んで来たのですから、一も二もなく引き受けて即座に取り掛かったのです。
もう3、4年前になるでしょうか、京都で作られた本物の冠が思い掛けなく到来して、その端正な作りに魅了されたものの、何に使うわけでもなくそのままにしてあったのを取り出せば、おかげで挿頭の寸法を本物の冠に合わせて割り出せたり、立体構成することまで出来たのです。
桜橘の挿頭は、桜花6輪、蕾中5輪、蕾小3輪、桜葉8枚に、橘2枝という構成で、その試作に合わせた依頼の7つを仕上げるなり、荷造りももどかしく納品したのですが、さすがに実物の挿頭は大きさに無理もなく冠に映えて、ご依頼の方の目にも満足が得られ、安堵の胸を撫で下ろしたのでした。
実物の挿頭が出来上がってみれば、例えば山藤とか尾花に女郎花とかなどなど、季節ならではの挿頭のプランが湧き出して来て、そのどれもがどれだけ情緒に溢れる美しさなのかをより体感出来たのでしたが、所詮は今時のこと。
そんな制作依頼など、望むべくもないのが現実なのだと、首を左右に振ったのです。
10月に入ってツクツクボウシボウシが鳴き始めるやら、半ばを過ぎたというのに、いきなり30℃を超える暑さに見舞われるやら、旧暦の重陽節すらとうに過ぎだというのに、菊の蕾は未だ固く咲き出す気配すらないやら、やらやら尽くしに呆れるやらです。
ここ2日3日、何だかやけに寒いと思ったら、もう10月も下旬に入っているのに気付いて、ためらいもなくコタツ布団を掛けたのでした。